村上春樹「遠い太鼓」

遠い太鼓/村上春樹」について
 春樹氏が「ノルウェイの森」「ダンス・ダンス・ダンス」という二冊のベストセラーを書いている間、ほとんど海外で暮らしていたことはさほど知られていない。
 その海外(ギリシャおよびイタリア)での日々をつづった滞在記である。
 私は春樹氏の旅行記の中ではこれが一番好きである。何ともいえないユーモアにあふれた旅行記である。その一方で、やむにやまれず日本を出てきてしまったいきさつや心の動き、「ノルウェイの森」がベストセラーになったことでかつてないほどの孤独にさいなまれるようになった心境、などもリアルに(いくぶん感傷的に)つづられており、春樹氏のファンとしてはやはりこの旅行記を外すわけにはいかない気がしている。今までなんで手に取らなかったんだろう?
 ギリシャの田舎の島で走ることは非常に難しいと春樹氏は書く。当時(20年前)のギリシャの島々にはまだジョギングとかフィットネスなどというものは普及しておらず、走るという行為自体が無用のものなのだ。だから春樹氏が健康のために毎日走っていると島民たちが「ありゃなんだ?」という目でじっと見てくる。声をかける者もいる。「貴君はなぜ走っておるのか?」「走るのは体に良くない」「んだんだ」「うちへ寄ってお酒でも飲んでいきなさいな」なんていう展開になる。素朴なギリシャ人と、覚えたてのギリシャ語で汗を拭き拭き意志の疎通を図ろうとする春樹氏の描写がおもしろい。
 島の小さな映画館でのほのぼのとした(まるで映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のような)上映の様子、故障して開かなくなったクローゼットを巨大な石で「虐殺」しようとするメイドのおばさんなど、意外と笑える部分が多い旅行記である。映画館の場面などいつ読み返しても笑ってしまう。
 これを読んでギリシャに行ってみたくなったのは言うまでもない。

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