たま「東京フルーツ」

 「3たま」(3人体制になってからのたまを便宜上こう呼びます)を知らない人のための入門アルバム、とメンバーも言ってるという「東京フルーツ」。 
 例によって全曲の感想いきます!
(C)=知久さん、(I)=石川さん、(T)=滝本さん です。

1.(C)安心…… ♪ぼくの未来は火葬場の灰 大きな生ゴミ 海の漂流物 君の未来はおんなじさ 僕ら仲良く死んでくのさ♪ 歌いだしがこれである。実もふたもない。でもここまで言われるとなんだか、目の前の腹立つ人のことも「所詮こいつもそのうち火葬場の灰なんだから、怒ってもしょうがないよな」と思えないだろうか。どんなにあがいて頑張ったところで未来は火葬場の灰なんだったら、いっそ肩の力をもう少し抜くことができないだろうか。大切な人との喧嘩すらも、♪今日はけんかをしてしまった 楽しいけんかの思い出♪ と、かけがえのないものと思えるような気がする。抵抗を感じる人が大半だろうが、私にとっては必要な曲です。後奏のややしつこいハーモニカのリフレインはフィッシュマンズあたりを意識していたのだろうか?(なんでやねん)

2.(T)とかげ……たまといえば「さよなら人類」くらいしか知らない人100人にこの曲を聴かせて、「これ、たまでしょ?」と言う人は0人だと思う。それくらいたまからは到底イメージできない普通にかっこいいロックナンバーである。♪スピードに真夜中上げる 真夜中にスピード上げる♪ ♪すごい速さで頭の中がしゃべりはじめる♪ など、いつになくスピード感ある歌詞。Gさん(滝本さん)のヴォーカルがまたしびれる。今年の箱根駅伝でGさんの母校・駒澤大学が優勝したが、あの劇的な逆転シーンのBGMに使えるたまの曲といえばこの曲くらいしかないのではないか。駒澤大学陸上部の諸君はこの曲を「かっこいい」と思ってくれるだろうか。それとも ♪生き物は生きるのが大好きさ ほかにすることもないさ 目を覚ますか眠るだけ♪ という歌詞に脱力するだろうか。

3.(I)カボチャ……これまたたま流パンク? 1分46秒であっという間に終わる。

4.(C)夢の中の君……3たまになってからの知久さんはエレクトロサウンドに意欲を見せ始めていたようだ。この曲も、スペイシーなサウンドの「ゆめみているよ」もそうなのだが、知久さんの曲の世界と合っているような、いまいち合ってないような……? 

5.(C)学習……たまを聴いて涙が出ることって意外とないんだけれど、この曲は泣ける。 ♪今になってあの時のあの人の気持ちが分かるから あとになって今の君の気持ちを分かることにするよ 君を許してあげるよ ぼくのために♪ である。かつて自分を裏切った、その時は憎くて仕方なかった相手の気持ちや事情も今になればわかる気がするから、今は自分を裏切った君の気持ちがわからないけれど、とりあえず今は許すことにする、そうしないと自分が苦しくて辛くてたまらないから――。こんな、大人になれば何度かは訪れる重い心情を、明るいレゲエ調でからりと歌う。「いなくていい人」収録の名曲「南風」もそうだったが、きつい状況を暗く歌うのではなく、あっけらかんと歌うからこそ哀しみがよけいに伝わってくる。このあたりは知久さんの真骨頂である。

6.(T)ハダシの足音……たたみかけるように名曲が続く。本当にこのアルバムは濃い。たまにおけるGさんの集大成との呼び声も高い3拍子のポップな曲。ある意味「たま印」の安心して聴けるサウンド。しかし歌詞は……。眠ってる君のハダシの足音があてもなくさまよっている状況とはすなわち……? ライブ動画をyoutubeで見たことがあるが、4たま(柳原さん在籍時)しか見たことがなかった私にはピアノを弾き語るGさんの姿が衝撃的だった。か、か、かっこいい……‼ 3たまになってからのGさんは鍵盤楽器に強く意欲を持ちはじめたようだ。現在もソロライブでギターやピアノを弾き語っておられるが、特にピアノはめちゃくちゃ素敵です 

7.(I)小象の・・・……インディーズレーベルからでないと出せないだろうなというフレーズが一箇所。女子は歌えません。そこさえクリアすればどんどん面白く展開していく曲。

8.(C)いわしのこもりうた……こういうかわいらしくて切ないバラードが知久さんファンの心をつかんで離さないのだろう。歌詞はちょっと残酷だが(いわしをさばきながら聴くのにピッタリ?)。石川さんと知久さんのデュエット部分はお父さんと小さな男の子みたいだ、昔から。

9.(T)さよならおひさま……「たま さよなら」と打ち込むと、どのPCでも絶対「人類」と予測が出てくるんだろうけれど、私はぜひ、自分のPCに「おひさま」と覚えさせたい。それくらい個人的に一推しの曲である。栗コーダーカルテットの栗原氏のリコーダーが切ない、そして歌詞がもう……。 ♪さよならおひさま ぼくはもういいや これでおわりにする♪ とは。余命短い主人公がサナトリウムで自分の運命を受け入れることにしたのか、いやそれとも自らの命を絶とうとしている人……? 今のご時世、こういう事態は誰の身にも起こりうると考えると…… 美しすぎるメロディーとシンプルなサウンドに乗せて訥々と歌うGさんのヴォーカルがまた涙を誘う。

10.(I)ラッタッタ……前の曲で眉間にしわが寄りまくった人も、この曲で再び元気にラッタッタ たまにおける石川さん曲の中でも5本の指に入るであろう好きな曲。キャッチーなサビ、お祭りのようなジャンガジャンガした音、問答無用で楽しめる一曲。

11.(T)「夏です」と1回言った……スローに歌いだし、ざくざくしたフォークロック調に変化したかと思うと、サビでは勢いつけてぐんぐん真夏の空に昇っていくような高揚感が。たちこめる空気がG線上のアリアで「夏です」と一回言ったとか、小さなひまわりたちがカノンで「夏休みですから」と一回ずつ言ったとかシュールすぎる歌詞の世界。いったいどうすればこんな歌詞が作れるのか。ともあれ、超名曲「サーカスの日」に迫るこれまた手を止めて聴き入ってしまう名曲。

12.(C)ゆめみているよ……「たま ゆめみているよ」という字面だけだとメルヘンチックな印象だが、歌詞は残酷なまでに現実的。愛し合う(おそらく)二人が並んで寝ているのに、見ている夢はまったく別の夢という……。まあ当たり前のことなのかもだけど、何か不穏なものを感じさせる。

 冒頭で「3たま」を知らない人のための入門アルバム、とメンバーも言ってる、と書いたが、入門編というよりは、やはり3たまの集大成と言った方がいいかもしれない。
 いや、誤解を恐れずに書くと、「3たま」を知らない人がこれを入門編とか集大成と思って聴くとちょっとショックなのではと思う。
 もともと優れたシンガーソングライター3名(ないし4名)の集合体であるたま、方向性はバラバラで当然なのだが、そのバラバラ感が最も顕著に表れてしまったアルバムという気がするのだ。
 バラバラな方向性が奇跡的に一つにまとまっていたたまが、ここにきてまとまり切れなくなり、3名がそれぞれの方向を向いてしまっている。そんな印象を受ける作品群なのだ。
 メンバー全員が40代になり、少しずつ妥協が出来なくなっていった、意見が合わなくなっていった、という状況を石川さんが著書で少しだけ書いていたが、このアルバムを聴くとさもありなんと納得できる。

 歌詞カードで音楽ライターの方が書いている解説に「たまという言葉に何かを感じる人の心には『たまのたね』がきっとある。そのたねがあれば、どれだけブランクがあってもたまに戻って来れる」という主旨の文があって、戻ってきた人間である私としては救われた思いがした。もう二度と、「たまのたね」を封印したりしない。いつまでも「たまのたね」を心に持ち続けている人でありたい。 

 Amazonのリンクを張っといて何なんですが、たまは「地球レコード(http://www.officek.jp/chikyu)」という自主レーベルを持っていて、たま解散後はGさんが運営されています。
「地球レコード」で買えるアイテム(このアルバムも)はそちらで買う方が、何かイイことあるかもしれませんよん(特にGさんファンの方は絶対そちらで!!)。
 とりあえずそのイイことを体験した私はその場で気絶しました……。

東京フルーツ - たま
東京フルーツ - たま

たま「いなくていい人」

 というわけで、実に28年ぶりに買ったたまのアルバムなのである。
 「いなくていい人」。
 以下、(C)知久さん、(I)石川さん、(T)滝本さん の曲です。
 (たまをよく知らない方に説明すると、たまは曲の作者がヴォーカルも取るというスタイルのバンドなので、どの曲を誰が作ったかというのはすごく重要な情報なのです)

1.(C)いなくていいひと……同じメロディーを何度も繰り返すだけの曲なのだが、なのにすごくお腹いっぱいな気分になる不思議な一曲。爆音のエレキギターにも驚く。
「ねえ誰かぼくの嘘をまじめに聞いてくれないか ぼくのおしごとはいなくていいひと」これは逆に、自分はこの組織に絶対必要な人材なんだ、自分がいなくなったらこの組織は回らないんだと思い込みたい人種に対する皮肉なのかな(「嘘」って言ってるからね)と思った。

2.(I)へっぽこぴー……このタイトルとは裏腹に、リズムといい演奏といい石川さんの絶妙なヴォーカルといい(歌ってるというより演じている)、めちゃめちゃかっこいい一曲。歌詞カードの「一部聞き取り辛い箇所がありますが、本人はこう歌っているつもりです」というコメントが笑える。

3.(C)ぎが……「クリスマスの夜 くるしまず眠る」という歌いだしがインパクト大の、クリスマスにぴったりな(?)小曲。「ぎが」というのは死んでしまった飼い犬らしいのだが、「お金払って買ったぎが」「10回払いで買ったぎが」とやたらお金のことが出てくるので(笑)、犬じゃなくてロボットか何かなのかなあとも想像。それはともかく美しい3拍子のバラード。

4.(T)青空……この歌に出会ってから、「今は『青空』にふさわしい空かな?」と空を見上げることが増えた。たま史上1,2を争う爽やかな曲、だけどそこはGさん(滝本さん)、爽やかなだけでは終わらない、何かしらわずかに不穏な問いかけを残して終わる曲。

5.(T)箱の中の人……先ほど爽やかな「青空」を歌った人と同一人物とは思えないほど混沌とした曲。箱の中の人の幻覚なのだろうか、いろんな色のパラソルが散る(名曲「夏の前日」ではいろんな色のパラソルが回ってたが)。

6.(C)326……たまとしては珍しく、メンバー以外の作曲による曲。サウンドも従来のたまから遠く離れているようで、それでも知久さんが歌えばやはりたまの唄になるのがさすが知久さんである。

7.(I)健さん……とび職のおっさん・健さんがなぜか妊娠してしまうというシュールな歌だが、そこは石川さんの個性のおかげで、キュートなテクノポップ(?)に仕上がっている。石川さんってきわどい歌やナンセンスな歌も多いが、どんな歌を歌ってもどこか可愛くて品がある。ちなみにうちの息子(小学6年)はなぜか「べらんめえ」のところで爆笑する(笑うとこじゃないと思うんだが)。

8.(I)ハッピーマン……たま流パンク? ライブではジャンプするお客さんもいたのではないだろうか(いるか?)。ちなみに私は掃除する時、この歌の替え歌を勝手に作って  ♪マイクロファイバー(ファイバー!) みんなキュッキュッ ピカピカだ 幸せだ♪ とか歌いながら掃除してます。

9.(C)南風……2曲にわたって石川さんに好き勝手されて、これどう収拾つけるのかなあと心配してたら、見事にこの曲がまとめてくれましたって感じの名曲。大切な人が死んでしまっても、残されたぼくたちはその人の分まで生きたいだけ生きて、遊びまくってあげく死んじゃうぞぉ(死んじゃうところまで歌うのが知久さんらしい)という、やややけっぱちとも取れるが逆に優しさや強さも感じる追悼ソング。あっけらかんとした明るいレゲエ調のリズムが沈んだ気持ちを救ってくれる。

10.(T)サーカスの日……「南風」という素晴らしい曲で大団円、あーよかった!となるはずもないのがたまである。最後の最後に控えているのがこの大名曲にしてある意味問題曲。前の記事でも書いたが、何か別の作業をしていてもはたと手を止めて聴き入ってしまう、そして遠い目になってとりとめもなく考えをめぐらしてしまう。「ぼくらは何をしてどこへ消えていくんだろう」という人間にとって永遠のテーマを、目の前いっぱいに広がる星たちに問いかけるという詞の世界、流れるようなメロディーを訥々と切なく歌うGさん、宙を舞うようなアコーディオン、もうなんて言っていいのか……。前の記事にリンクを張ってるのでぜひ聴いてみてほしい。

43分という短い収録時間なので、あっという間に終わり、また繰り返したくなる。
4たま(柳原さん在籍時のたまを便宜上こう呼ぶ)のアルバムしか聞いたことがない状態で初めて聴く3たまのアルバムは、さびしいとか物足りないとかいうことがまったくなく、確かにエレキギターやテクノっぽい打ち込み、管楽器などが盛り込まれているが違和感も不思議と感じることなく、「こういう感じなんだ。これもあり。これも気持ちいい!」と思えたのが自分でもうれしかった。
4たまのイノセンスは薄まったが、外部ミュージシャンの力を借りて少し大人になった(って言い方も変だが)たまもやっぱりいい。4たまは至高、3たまは最高。

すっかり3たまに魅了された私は、他のアルバムも入手できるだけ入手しよう!と決意を新たにし、youtubeでたまを流しつつ、ネットで他の作品を物色する日々となったのである。つづく🎧

いなくていい人 - たま
いなくていい人 - たま

たま「いなくていい人」……について書く前に、懺悔です。

 はじめに、断っておかなければならないことがある。
 たまのCDを買うのは、実に28年ぶりなのである。
 1992年リリースの4枚目のアルバム「犬の約束」を買ったのを最後に、たまを聴くのを意図的にやめてしまったのだ。
 理由は自分でもよくわからない。
 93年になり、大学に入学。外大だったので、まわりは洋楽聴いて洋画を見て、みたいな人がどうしても多く、自分もそういうのを見聞きしなくちゃいけないのではないか、ドメスティック・ミュージックの旗手といわれていた(本当に言われていたんですよ)たまなんて聴いてちゃいけないんじゃないかと変な思い込みをしてしまい、それまであんなにも大事にしていたたまを、本当にある意味暗黒だった高校時代を救ってくれたたまを、手放してしまった。というのが主な理由である。
 なんて愚かだったのか。若かったとはいえ。
 でもそれが愚かな行為だとすら思わなかった。次のステージに上がるため、というと聞こえはいいけれど、単に周りに合わせなきゃいけないんだと思い込んでいただけだ。

 そこから28年。いろんなアーティストを好きになったり離れたりした。
 渋谷系全盛期だったのでその中から、小沢健二やコーネリアスに夢中になった(もちろんフリッパーズギターも)。
 スピッツにもあっさりはまった。
 そこにカーネーションが現れ、またもあっさりと私の中の王座をスピッツから奪った。カーネーションのことはいまだに大好きである。ファンクラブ会員歴23年。直枝政広氏は私にとってロック・キング。絶対的な存在だ。
 フィッシュマンズ、サニーデイ・サービス、青山陽一、キリンジ、ムーンライダーズ……。
 すべて、大学入学~卒業~就職~どたばたの社会人時代~結婚~出産、育児~再就職~PTA副会長、という激動の28年を彩ってくれた、本当に大事なアーティストたちである。
 その間、たまのことは思い出しもしなかった。たまに音楽雑誌で見かけることはあったので、柳原陽一郎氏が脱退したことも、解散したことも知ってはいた。けれど自分の中でたまは消化しきった存在だと、これまた愚かで浅はかな認識をしていた。
 一応、ライブビデオ「野球」は婚家に持っていっていたので、夫と一緒に観たりもした(夫はすごくはまっていた)が、私の中でたま熱が再燃することはなかった。

 2020年。もうすぐ46歳の秋。
 コロナ禍で世界中大混乱の中、PTA副会長もお役御免になり、やっと自由な時間が増えたといってもここはstay homeなわけで、いきおいyoutubeなんぞを見る機会が増えた。
 ひょんなことから80年代末~90年代初頭の日本のロックの動画を「なつかしいな~」なんて見ているうちに、サムネイルにたまが映し出された。何の気なしに見た。何を見たのかは覚えていない。
 ただ、ずっぱまった。
 1990年9月19日、初めてたまを見た「夜のヒットスタジオ」なみに、すごい勢いでずっぱまった。
 空白の28年間をものすごい勢いで埋めるべく、ものすごい勢いで、サムネイルを片っ端から見て行った。
 「ふしぎな夜のうた」も、「あるぴの」も、「ハダシの足音」も知らなかった。たまファンにとってはおそらく常識の曲たちを、今頃になってむしゃむしゃ吸収していった。
 そして今のメンバーのお姿も……。
 解散して17年が経過したが、全員が現役ミュージシャンとして活動している。柳原氏を除くお三方は、今でも時々セッションをしたりしているようだ。
 そうだ。私の中では勝手に過去のものとなっていたたまの物語は、私自身の物語と遠い遠い遠いところで並行して、ずっと続いていたのだ。
 私が自分勝手に、つないでいた手を無下に振り払っただけで、あのままずっとつないでいれば、ずっと同じ景色を見ることができたはずだったのだ。たまのみなさんと、たまファンのみなさんと。
 私の中で勝手にないものとなっていた宝物が、今でもまったく輝きをなくさずに光り輝いている。
 なんということだろう。夢にはつづきがあったのだ。
 
 激しい後悔(もう入手困難なアルバムも数枚ある現実……)と自己嫌悪、と同時に、はじめてたまに出会った平成2年からちょうど30年がたった令和2年にたまに再会することができた奇跡に、感謝なのかなんなのかなんて言っていいかわからないとてつもない感慨が襲ってきた。
 PCを開くたびに必ずyoutubeにログインし、たまを聴きながら作業をするのが当たり前になった。
 ある時、「ん? さっきの曲、なんかとんでもなくいい曲だったような……」
 「サーカスの日」という曲だった。
 たまのアルバムを買おう。
 この曲が収録されているアルバム「いなくていい人」にしよう。
 こうして、実に28年ぶりに、私のCD ラックに「たま」が名を連ねることとなったのだった。

河合香織「帰りたくない 少女沖縄連れ去り事件」(2)

 (前記事からの続きです)
 愛情が薄い両親に育てられ、中学時代から男と遊び歩くようになった紗恵(めぐの母)はやがてめぐを身ごもるが、相手の男は冷酷な男で紗恵をラブホテルに置き去りにして姿を消す。仕方なくめぐを出産するが、まったく育児をする気がない紗恵はめぐを実家に置いて出奔する。各地を転々とし、風俗業などで生計を立てるも、精神を病み、明日への希望が持てない日々を生きている。かといってめぐと母親として向き合う気はまったくない。河合さんに対して繰り返すのは「父は私よりめぐちゃんの方が可愛いんです」(実の娘を「ちゃん」で呼ぶあたり、紗恵とめぐの距離がよくわかる)。紗恵が本当に欲しいものは安定した生活や子どもと生きていく幸せではないようだ。ただ自分の親にひたすら愛されたい、可愛がられたい、自分が望むだけの愛情を注いでほしい。望んでも得られない親からの愛を求めるという連鎖が紗恵・めぐ親子間で起こっていた。
 文庫版には後日談がある。紗恵の父はめぐが高校生になった時に急死し、葬儀で紗恵とめぐは10年ぶりくらいに顔を合わせる。しかし精神療養施設からやっとのことで駆けつけてきた紗恵は変わり果てており、めぐは思わず「こんなお母さんに会いたくなかった」とつぶやく。ごく普通の幸せを求めていただけだったごく普通の女性は、いくつかの不幸や不運が重なった末に、人間として崩壊していた。

 そして後日談によるとめぐも、高校を中退するなど問題を起こした末、とうとう持て余した祖母によって施設に入れられる。せいせいしたような祖母の態度、「めぐちゃんはもうここにはいませんよ」という施設の職員のあまりにさばさばした対応(めぐが飛び出したのか、別の施設に移されたのかは不明だが、施設内でもかなり手を焼かせていたことが伺える)。誰からも大切に扱われない少女がその後どのような人生をたどったのか、明るい展望は描けそうにない。
 
 そんなめぐをたった一人だけ、大切に思い、心底から心配し、愛したのが山田だったのだ。
 めぐには生後すぐに手術を受けた傷跡があり、その傷跡のせいで誰からも愛されず、モデルになるという夢もかなわないのではないかと気に病んでいた。そんなめぐに山田はひとことこう言った。
 「その傷のおかげで君は生きているんだよ」
 めぐの存在を肯定する言葉を発してくれたのは、それまでの10年の人生で山田ただ一人だった。
 近所に住む冴えない派遣労働者。二度の離婚歴がある中年男。その上幼女愛好趣味もあり、めぐに対しても欲望を抑えることができなかった卑劣な男。それでもめぐが彼と行動を共にし、新天地へと旅立っていった理由がここにあるのか。

 実際に起こった事件であり、犯罪であり、決してロマンティックに語るべきではない事例である。河合さんの筆致も冷静で決して感情に走ったりはしない。
 それなのになぜだか、悲しい小説を読んだかのような、または一篇の映画を見たかのような読後感が残り、読み終わってからもしばらくぐるぐると考えてしまうのだ。
 誰がどうすればよかったのか。何がどうであれば彼らは幸せになれたのか。捕まらないまま沖縄で「山田敏明・めぐ親子」として生きていく未来がもしあったならば。沖縄で二人が見た空はどんな色だったろうか。

 裁判では弁護側の努力もむなしく、また山田によるめぐへの性的行為の自白もあり、単なる幼女愛好者による連れ回し・誘拐事件として扱われ、それでいて山田への矯正プログラムは課せられずに終わった。
 山田を収監して終わらせるだけでは見えてこないものがたくさんある。めぐの家族による虐待はあったのか。あったとしたら彼らは裁かれないのか。山田と出会う以前にめぐに性的行為を働いていた近所の男はなぜ裁かれないのか。山田の代わりに誰が本気になってめぐを守るのか。事件が繰り返されないために、社会に、地域に、何が必要なのか――。
 
 1994年生まれのめぐは26歳。元気なら今どこで何をして生きているのか。コロナ禍が影響を及ぼしていないか。紗恵が心配するように売春などに身を落としていないだろうか。
 2017年時点での山田を河合さんが再び取材した記事がある(ネットで検索すると出てくる)が、残念ながらかなり悲惨な暮らしをしており、しかも再犯を予告するかのような発言をしている。
 山田は、めぐは、私たちの近くにもいるかもしれない。
 帰りたくない―少女沖縄連れ去り事件―(新潮文庫)
帰りたくない―少女沖縄連れ去り事件―(新潮文庫)

河合香織「帰りたくない 少女沖縄連れ去り事件」(1)

 とある理由があり、ノンフィクション作家・河合香織さんの著作はすべて読んでいるのだが、その中でもぶっちぎりに私の中に深く残って消えてくれないのが、本書の世界である(もちろん河合さんの著作はどれも素晴らしい。その中でも特に、私にとっては、ということである)。

 暴力に支配された家庭に生まれ育ち、離婚歴2回、工場で派遣社員として働く47歳の冴えない中年男・山田敏明(仮名)。
 そして実の両親に見捨てられ、祖父母らに育てられている10歳の少女・石井めぐ(仮名)。
 望まれずに生まれ、誰からも大事にされずに生きてきたという共通点を持つ二人が、2003年の真夏に偶然出会い、土日となればめぐは山田のアパートを訪ね、遊園地、動物園、カラオケ、ファミレス、健康ランドなどなど、二人はめぐの門限まで遊び倒すようになる。
 めぐは山田の金を湯水のように使い、山田はそんなめぐとの時間を増やすために仕事をやめてしまい、なけなしの生活保護の金さえもめぐとの遊びに消えていく。
 めぐの家族はといえば、門限までに帰してくれれば何も言わないという、無関心・無責任とも思える態度。
 めぐには虐待と思われる傷跡もあり、山田はめぐを救うために児童相談所にも足を運ぶが、児相も警察も本腰を入れてくれない。
 「うちには帰りたくない」というめぐと山田は、とうとう門限を破って健康ランドに連泊することになる。
 さらにその健康ランドで客を恐喝し、得た金をもって沖縄へ。
 山田はその地で仕事につき、めぐと二人で生きていくことを真剣に考えるが、8日目、ついに逮捕となる。
 実刑判決が下り、山田は収監。事件は解決した。
 誰かが死んだわけでもない。事件としてはただそれだけの事件である。

 しかしここまで読んでいただければ、「?」と思わないだろうか。
 誘拐でも連れ去りでも連れまわしでもないのでは? 恵まれない境遇の、年の離れた男女が、新天地を求めて逃避した、これって事件ですらないのでは?
 もちろん、未成年の女児を赤の他人である成人が、自宅に帰さず何日も連れ歩くのは法的には犯罪である。しかし、山田の家に何度もやってくるのはめぐの方であり、行きたい場所を指定するのも常にめぐであり、山田は車で連れて行って一緒に遊ぶだけといっていい。これは誘拐なのだろうか?
 更に詳しく本書を読んでいただければわかるのだが、山田の金を管理していたのは終始めぐであり、山田の携帯電話も勝手に使い、好きなものを好きなだけ買い(花火5,000円分とか!)、行きたい場所に行きたいだけ山田に連れて行ってもらい、それでいて山田には暴言を吐きまくり(しかし時にはかいがいしくご飯を作ってあげたりするあたり、今でいうツンデレか?)、だんだんめぐという少女が被害者どころか、首謀者のように見えてきて、少女どころか稀代の悪女なんじゃないのかと、めぐに対して腹が立ってくる。そしてそんな少女に振り回されてもなお、彼女の言うことを何でも聞いてあげる山田という男がいっそかわいそうになってくるのだ。

 第4章まで抱いていたそういう印象が、第5章でさらに変質する。
 裁判の過程で、山田がめぐに対して性的行為を働いていたことをあっさり自白するのである。
 めぐは5歳頃から、近所の別の男から性的行為を受けていた。山田はそんなめぐを救おうとしたのだが、結局自らも同じことをしてしまっていたわけである。
 弁護士も、傍聴していた河合さんも呆然とする。
 河合さんは山田に面会し、そんな大事な、そして許しがたい事実を聞かされていなかった怒りと驚きを山田にぶつける。
 山田は自分たち二人の間には愛があったから、性的虐待には当たらないと主張する。
 めぐは嫌がっていなかったと主張する山田。それに対し、「そういうことをされるのは嫌だった。山田のことは大嫌い」と警察に話したというめぐ。
 確かなことは、嫌だったにせよ大嫌いだったにせよ大好きだったにせよ、そんな赤の他人の冴えないおっさんとでもいいから、ここではないどこかに逃げて全然違う暮らしをしたかった、それほどまでに現在の環境がめぐには耐え難かった、ということである。

 めぐの置かれた環境とは?
 それを作るもととなっためぐの母・紗恵(仮名)の生い立ちが語られる。
 たびたび取材を求める河合さんに根負けして出てきた紗恵は、意外にも延々とその悲惨な、愛のかけらもない半生を語ってくれたのである。
 
 長くなるので続きは次回に。
 ちなみに当初、単行本では「誘拐逃避行」というタイトルで発行された本書、文庫化に伴い「帰りたくない」に改められたそうです。
誘拐逃避行―少女沖縄「連れ去り」事件
誘拐逃避行―少女沖縄「連れ去り」事件

サニーデイ・サービス「青春狂走曲」

 この本の存在すら、申し訳ないことに全然知らなかった。それくらい、音楽から、サニーデイ・サービスから離れた日常を送っていたことになる。
 そう、あの知らせを目にするまでは。

 アーティスト本というものは数多く存在するけれども、ここまでほとんどインタビューのみで構成された本もそうそうないかもしれない。
 サニーデイ・サービスをずっと追い続けてきた北沢夏音氏による、デビューから2000年の解散、2008年の再結成、そして2016年の丸山晴茂氏の離脱までのインタビュー集である。

 サニーデイのファン以外の人にもぜひ読んでもらいたいのには理由がある。
 これは単なるバンドの栄光と崩壊、再起を記したインタビュー集ではない。
 才気に満ち溢れた人間と、彼についていくので精いっぱいだった仲間たちとの、苦しいほどの差異、そこからくる亀裂、再生を通して、「組織のあり方」「リーダーのあり方」「構成員としての在り方」までをも考えさせられる一冊なのである。
 途方もない才能と実力、商才にまで恵まれた一人のロックミュージシャン。キラリと光る才能のかけらはあるのに努力でその才能を伸ばすことができず、メンタルも弱い一人のメンバー。その間に挟まれて調整を担うような形になる、才能面でも人間的にもごく普通のメンバー。
 危うすぎるバランスは、才能に恵まれたリーダーが苛立ちを他のメンバーにぶつける形で壊れ始め、一人は酒に走る。そしてついにリーダー自らが「俺、辞めるわ」と唐突に宣言。バンドは崩壊する。
 才能と実力(努力する才能もあるのだろう)が溢れるばかりのリーダーはソロミュージシャンになり、新しい仲間と堅実にミュージシャンとしての地位を維持していく。一方他のメンバーは、空白の時間を飲み倒す者あり、他のバンドのマネージャーとして腕を振るう者もあり。別々の道を歩いていた3人が、まさかの再結成。
 大人になった3人は今度こそ青い情熱ばかりではなく適切な距離を保ちながらバンドを続けていく、はずだった。

 サニーデイのもう一人のメンバーと言ってもいいほどの存在だったディレクターの渡邊氏も登場する。 ほとんど実の兄のような愛情を曽我部氏に注ぐも、他のメンバーに対してははっきり言って冷淡と言ってもいい。 「あじさい」のレコーディングのエピソードなどはちょっと本当にひどいと思う(あの名曲がそんな感じで録られてたのか……)。 
 「とにかく僕は曽我部が大好きだった。それだけでこの仕事は成立していると本気で思ってた」と、他の雑誌で語っているのを読んだことがあるが、いやいや、ディレクターとリーダーとの蜜月だけじゃバンドは成立しないっしょ、と突っ込みたくなった。 やはりそんな感じだったのか。 他のメンバーはどんな気持ちで曽我部氏と渡邊氏を見ていたのだろう……。

 そんな彼らをほとんど実の兄というか伯父さんのような深い愛情で見守り、インタビューを続けてきた北沢氏。 (笑)は一切なく(もちろん実際は笑いもあったのだろうが)、きりりとした秋風のような清涼な文章でサニーデイを紡いでいく。 フリッパーズ・ギター、小沢健二、ムーンライダーズ、はっぴぃえんどなどの名前をちりばめながらも、他の何とも違う唯一無二のバンド・サニーデイの姿を浮き上がらせていく。 行間から「雨の土曜日」「花咲くころ」「スロウライダー」「セツナ」などの名曲の数々が聞こえてくるようだ。 苦しくなるくらい。

 本書が出版された翌年、丸山氏は短い生涯を終えた。テクニック先行とは言い難い独特のドラムと、細面のはにかんだ可愛らしい笑顔の記憶をファンの心に残して。 

 丸山氏が長引く体調不良で離脱した2016年のインタビューで、田中貴氏と曽我部恵一氏が彼のドラムについて語っている。
 「やっぱり晴茂くんは、曲の空気を読み取るのがうまいんですよ。「この曲で一発金物を“チン”と入れてくれる?」と言っても、他のドラマーだと全然違う“チン”がきたりすることもあるけど、晴茂くんは一言でタイミングも音色もバッチリなやつを入れてくる。晴茂くんはそういう雰囲気をつかむのが絶妙なんです。その人の生き様が音に出ているんだなと、思いますね」
 「晴茂くんのドラムって本当に奇跡だから、これは替えが利かないな、という感じ。この人の代わりってないんだなと思いました」

 私の手元にある本書の裏表紙には、なぜか鉛筆でさっと付いたような汚れが付いている。
 でもそんなことは気にしない。消しゴムで消せばいいだけだ(消してないけど)。
 この大切な本を、同じように大切に出版社の人か書店の人がその手で扱っているうちに付いてしまったのだ。
 そんな人の手のぬくもりが、サニーデイ・サービスのこのインタビュー集にはふさわしいように思っている。

青春狂走曲
青春狂走曲

新型コロナウイルス禍の中の帰省日記(後篇)

8月12日(水)
フレンチトーストで朝食。朝から暑い。
息子に、義父へのハガキを早く書くように言っているが、なかなか進まず宛名しか書けなかった。

昼食は私の得意なトマトそうめん。やっぱり冷たい麺がおいしい。

あまりに暑くて夕方になるのを待って商店街を往復するだけ。商店街はシャッター街もいいところなのだが、唯一、最近できたおしゃれ目なカフェの前を通る(またしても見るだけ……)。シャッター街の割には人通りは多い気がする。田舎の人も、どこにも行けなくて、地元の商店街をぶらぶらするだけということか。

夕食はサバと野菜のトマト煮、カボチャとベーコンのサラダ。一時間以上立ちっぱなしで料理し続ける母はタフだなあと敬服。この調子でコロナにかからず元気でいてほしいものだ。


8月13日(木)
トーストに目玉焼きの朝食。もはや室内でマスクをしなくなっているが大丈夫だろうか。距離を取ることと除菌はやっているけど。

涼しい午前中に出かけることを考え、リニューアルした市役所に歩いて行ってみた。近くの交流館の中のカフェに入る(やっとカフェに……)。けっこう混んでて微妙な気もしたけど(マスクしてる人は6割くらいか……大丈夫かしらん)。
近くの大手スーパーは混んでた! 結局どこにも旅行などできなくて、仕方なくスーパーにでも……となるのだろう。ここではさすがに全員がマスクだった。
暑くてボロボロになって帰宅。昼食はパスタ。

午後は息子は勉強、母は車で買い物(もちろん一人で。今回の帰省は母の車でみんなでお出かけはさすがに無理)、私は録画していた宝塚歌劇団花組「a Fairy Tale 青い薔薇の精」「シャルム!」を見る。コレラが流行していた頃のイギリスのお話。まさかこの公演から数か月後、花組メンバーの数名がコレラならぬコロナで……と誰が予想しえただろう。感染した生徒さんやスタッフさんの回復を心からお祈りする。

母はいろんなお店を回って帰宅。夕食は買ってきたお寿司。


8月14日(金)
バターロールの朝食。
朝から超暑い。コロナの感染者も全然減る気配がない。夏になれば収束するとか言ってたのも今思うと空しいものだった。

息子は進研ゼミのテストも終え、ログハウスの仕上げに取りかかっている。暑いのとコロナとで外出もあまりできず、ずっとゲームばかりだが、かろうじて工作だけは楽しんでやっている。

チャーハンの昼食。
かろうじて夕方に散歩に出るが、駅の裏の坂道は西日が照りつけてとんでもなく暑い。

夕食は肉じゃが、ゴーヤチャンプル、酢の物など。自宅に帰ってからもこれくらい野菜を摂るように心がけなければ。どうもコロナ太り?が気になっていたのだ。


8月15日(土)
朝から暑い。マルベリーのジャムがおいしい朝食。
家族のだれも体調を崩していないのでとりあえず安心。

昼過ぎ、夫が迎えに来てくれて帰宅。


(少し長い滞在になって心配だったのですが、2週間たった現在、家族のだれも体調不良になっていないのでとりあえずほっとしています。
感染者数40人程度の街から感染者数1人の田舎への、車で40分の帰省とはいえ、うしろめたい気持ちは常について回りました。
とはいえ、田舎の緑や田んぼの匂いに癒され、リフレッシュできました。
次回はお彼岸ですが、ちょっと実家に立ち寄る程度ですぐ帰宅すると思います。
年末年始の帰省の頃には少しは状況は良くなっているのでしょうか。祈るしかありません)