サニーデイ・サービス「青春狂走曲」

 この本の存在すら、申し訳ないことに全然知らなかった。それくらい、音楽から、サニーデイ・サービスから離れた日常を送っていたことになる。
 そう、あの知らせを目にするまでは。

 アーティスト本というものは数多く存在するけれども、ここまでほとんどインタビューのみで構成された本もそうそうないかもしれない。
 サニーデイ・サービスをずっと追い続けてきた北沢夏音氏による、デビューから2000年の解散、2008年の再結成、そして2016年の丸山晴茂氏の離脱までのインタビュー集である。

 サニーデイのファン以外の人にもぜひ読んでもらいたいのには理由がある。
 これは単なるバンドの栄光と崩壊、再起を記したインタビュー集ではない。
 才気に満ち溢れた人間と、彼についていくので精いっぱいだった仲間たちとの、苦しいほどの差異、そこからくる亀裂、再生を通して、「組織のあり方」「リーダーのあり方」「構成員としての在り方」までをも考えさせられる一冊なのである。
 途方もない才能と実力、商才にまで恵まれた一人のロックミュージシャン。キラリと光る才能のかけらはあるのに努力でその才能を伸ばすことができず、メンタルも弱い一人のメンバー。その間に挟まれて調整を担うような形になる、才能面でも人間的にもごく普通のメンバー。
 危うすぎるバランスは、才能に恵まれたリーダーが苛立ちを他のメンバーにぶつける形で壊れ始め、一人は酒に走る。そしてついにリーダー自らが「俺、辞めるわ」と唐突に宣言。バンドは崩壊する。
 才能と実力(努力する才能もあるのだろう)が溢れるばかりのリーダーはソロミュージシャンになり、新しい仲間と堅実にミュージシャンとしての地位を維持していく。一方他のメンバーは、空白の時間を飲み倒す者あり、他のバンドのマネージャーとして腕を振るう者もあり。別々の道を歩いていた3人が、まさかの再結成。
 大人になった3人は今度こそ青い情熱ばかりではなく適切な距離を保ちながらバンドを続けていく、はずだった。

 サニーデイのもう一人のメンバーと言ってもいいほどの存在だったディレクターの渡邊氏も登場する。 ほとんど実の兄のような愛情を曽我部氏に注ぐも、他のメンバーに対してははっきり言って冷淡と言ってもいい。 「あじさい」のレコーディングのエピソードなどはちょっと本当にひどいと思う(あの名曲がそんな感じで録られてたのか……)。 
 「とにかく僕は曽我部が大好きだった。それだけでこの仕事は成立していると本気で思ってた」と、他の雑誌で語っているのを読んだことがあるが、いやいや、ディレクターとリーダーとの蜜月だけじゃバンドは成立しないっしょ、と突っ込みたくなった。 やはりそんな感じだったのか。 他のメンバーはどんな気持ちで曽我部氏と渡邊氏を見ていたのだろう……。

 そんな彼らをほとんど実の兄というか伯父さんのような深い愛情で見守り、インタビューを続けてきた北沢氏。 (笑)は一切なく(もちろん実際は笑いもあったのだろうが)、きりりとした秋風のような清涼な文章でサニーデイを紡いでいく。 フリッパーズ・ギター、小沢健二、ムーンライダーズ、はっぴぃえんどなどの名前をちりばめながらも、他の何とも違う唯一無二のバンド・サニーデイの姿を浮き上がらせていく。 行間から「雨の土曜日」「花咲くころ」「スロウライダー」「セツナ」などの名曲の数々が聞こえてくるようだ。 苦しくなるくらい。

 本書が出版された翌年、丸山氏は短い生涯を終えた。テクニック先行とは言い難い独特のドラムと、細面のはにかんだ可愛らしい笑顔の記憶をファンの心に残して。 

 丸山氏が長引く体調不良で離脱した2016年のインタビューで、田中貴氏と曽我部恵一氏が彼のドラムについて語っている。
 「やっぱり晴茂くんは、曲の空気を読み取るのがうまいんですよ。「この曲で一発金物を“チン”と入れてくれる?」と言っても、他のドラマーだと全然違う“チン”がきたりすることもあるけど、晴茂くんは一言でタイミングも音色もバッチリなやつを入れてくる。晴茂くんはそういう雰囲気をつかむのが絶妙なんです。その人の生き様が音に出ているんだなと、思いますね」
 「晴茂くんのドラムって本当に奇跡だから、これは替えが利かないな、という感じ。この人の代わりってないんだなと思いました」

 私の手元にある本書の裏表紙には、なぜか鉛筆でさっと付いたような汚れが付いている。
 でもそんなことは気にしない。消しゴムで消せばいいだけだ(消してないけど)。
 この大切な本を、同じように大切に出版社の人か書店の人がその手で扱っているうちに付いてしまったのだ。
 そんな人の手のぬくもりが、サニーデイ・サービスのこのインタビュー集にはふさわしいように思っている。

青春狂走曲
青春狂走曲

新型コロナウイルス禍の中の帰省日記(後篇)

8月12日(水)
フレンチトーストで朝食。朝から暑い。
息子に、義父へのハガキを早く書くように言っているが、なかなか進まず宛名しか書けなかった。

昼食は私の得意なトマトそうめん。やっぱり冷たい麺がおいしい。

あまりに暑くて夕方になるのを待って商店街を往復するだけ。商店街はシャッター街もいいところなのだが、唯一、最近できたおしゃれ目なカフェの前を通る(またしても見るだけ……)。シャッター街の割には人通りは多い気がする。田舎の人も、どこにも行けなくて、地元の商店街をぶらぶらするだけということか。

夕食はサバと野菜のトマト煮、カボチャとベーコンのサラダ。一時間以上立ちっぱなしで料理し続ける母はタフだなあと敬服。この調子でコロナにかからず元気でいてほしいものだ。


8月13日(木)
トーストに目玉焼きの朝食。もはや室内でマスクをしなくなっているが大丈夫だろうか。距離を取ることと除菌はやっているけど。

涼しい午前中に出かけることを考え、リニューアルした市役所に歩いて行ってみた。近くの交流館の中のカフェに入る(やっとカフェに……)。けっこう混んでて微妙な気もしたけど(マスクしてる人は6割くらいか……大丈夫かしらん)。
近くの大手スーパーは混んでた! 結局どこにも旅行などできなくて、仕方なくスーパーにでも……となるのだろう。ここではさすがに全員がマスクだった。
暑くてボロボロになって帰宅。昼食はパスタ。

午後は息子は勉強、母は車で買い物(もちろん一人で。今回の帰省は母の車でみんなでお出かけはさすがに無理)、私は録画していた宝塚歌劇団花組「a Fairy Tale 青い薔薇の精」「シャルム!」を見る。コレラが流行していた頃のイギリスのお話。まさかこの公演から数か月後、花組メンバーの数名がコレラならぬコロナで……と誰が予想しえただろう。感染した生徒さんやスタッフさんの回復を心からお祈りする。

母はいろんなお店を回って帰宅。夕食は買ってきたお寿司。


8月14日(金)
バターロールの朝食。
朝から超暑い。コロナの感染者も全然減る気配がない。夏になれば収束するとか言ってたのも今思うと空しいものだった。

息子は進研ゼミのテストも終え、ログハウスの仕上げに取りかかっている。暑いのとコロナとで外出もあまりできず、ずっとゲームばかりだが、かろうじて工作だけは楽しんでやっている。

チャーハンの昼食。
かろうじて夕方に散歩に出るが、駅の裏の坂道は西日が照りつけてとんでもなく暑い。

夕食は肉じゃが、ゴーヤチャンプル、酢の物など。自宅に帰ってからもこれくらい野菜を摂るように心がけなければ。どうもコロナ太り?が気になっていたのだ。


8月15日(土)
朝から暑い。マルベリーのジャムがおいしい朝食。
家族のだれも体調を崩していないのでとりあえず安心。

昼過ぎ、夫が迎えに来てくれて帰宅。


(少し長い滞在になって心配だったのですが、2週間たった現在、家族のだれも体調不良になっていないのでとりあえずほっとしています。
感染者数40人程度の街から感染者数1人の田舎への、車で40分の帰省とはいえ、うしろめたい気持ちは常について回りました。
とはいえ、田舎の緑や田んぼの匂いに癒され、リフレッシュできました。
次回はお彼岸ですが、ちょっと実家に立ち寄る程度ですぐ帰宅すると思います。
年末年始の帰省の頃には少しは状況は良くなっているのでしょうか。祈るしかありません)

新型コロナウイルス禍の中の帰省日記(前篇)

2020年8月9日(日)
午前、帰省の準備。マスクや除菌ティッシュを詰め込む。
午後2時出発、車で40分の実家へ。もちろんマスク着用。夫はアベノマスク。
母も自分で作った布マスクをつけているが、暑い室内でつけるのは違和感がある様子。

手洗いをしっかり。座席もいつもより間隔をあけてお茶タイム。GWは帰省しなかったので実に5か月ぶりになり、積もる話もあるが、夫は長居せず帰宅。

夕食の手伝いのためにキッチンに入るのもためらわれるが、何もしないわけにもいかない。思い切ってみそ汁づくりやコロッケ作りを手伝う。
ディスタンスを取りながら、会話も少なめの夕食。

入浴、身支度を済ませ、この日は午後8時から職場のZoom会議。
実家のパソコンはウェブカメラの調子もよく、Zoomも問題なくダウンロードできて、マイクも調子よく、普通に会議ができた。
仕事している私の顔や、会議メンバーの顔を母や息子に見てもらうことなど本来ならあり得ないわけで、そういう意味ではコロナ禍で数少ない良かったことのひとつかもしれない。

息子が「半沢直樹」を見終わるのを待って就寝。


8月10日(月・山の日)
朝食はピザトースト。ささっと食べてささっと片付ける。ずっとマスク。暑い。
息子がログハウスを作り始める(9日間しかない夏休みなので工作の宿題はないんだけど)。

昼食は冷し中華。

暑い中、隣町に新しく出来たボルダリングができるカフェを偵察に行く。
古い工場を改築してできたおしゃれなカフェ。おしゃれなお兄さんが本格的なコーヒーを淹れているのが見える。
中に入ってもよかったのだが、息子が早く帰りたがったので断念。まだ飲食店に入るのは抵抗があるようだ。
ドラッグストアに寄るも、マスクはない。
コンビニでパンやドリンク、アイスクリームを買って帰る。やはりマスクはない。田舎にはあると思ったのだが……。

夕方に兄が来る。夕食はパエリア。


8月11日(火)
6時過ぎにお坊さんが来る。お坊さんもマスク。息子が例年通りお茶を出す。いろんなお宅に行ってお茶を出されるんだろうけど、飲むの怖くないのかなとちょっと心配になる。

朝食後、息子はログハウスづくり。早起きしたせいか、母も兄も朝からうとうと。クーラーをつけた部屋で(暑いから仕方ないとはいえ)家族全員が過ごしているのはちょっと微妙……(換気扇はずっとつけてるけど)。
かといってどこかに出かけられるわけでもないし、どうしても密になってしまうのは避けられない。
兄は仕事の電話に追われている。忙しいようだ。出社は週に1回でずっとテレワークとのこと。

おやつにスイカを食べ(小さく切ったスイカをあらかじめ食べられる分だけ各自取り分けて食べる。大皿にはしない)、息子と駅の裏の坂をずっと降りていき、地元で人気のかわいらしいカフェを偵察に行く。またしても見るだけ。
とにかく暑くて汗をプルプルかく。それでも久しぶりの田舎の自然の中の散歩は心地いい。本当に誰もいない(いるのはカラスとセミだけ)なのでマスクも取る。

夕食は息子が焼肉を希望していたが、てんでに取って食べるのはやはり微妙なので、から揚げに変更。暑いキッチンでマスクをつけて料理するのは苦しいが仕方ない。テーブルの除菌もしょっちゅう。

夜に兄は自宅に戻る。朝早かったので家族全員早く就寝。暑い日だった。

(後篇に続く)

アフターPTA、ウィズコロナな日々

 PTA副会長もあと5ケ月……という記事から8ヶ月経ちました。
 
 新型コロナウイルスの影響で、自分の周囲でいろいろなことがおかしくなり始めたのは2月末ごろ。
 私に関することだけでも以下のような事態になりました↘

 3/3 小学校、休校始まる 
 3/9 PTAの地区別委員の選出、中止
 3/23 小学校卒業式、中止
 3/25 勤めている大学の卒業式、規模を縮小
 3/25 学童保育のお別れ遠足、中止
 4/6 大学の入学式、中止。在学生はオンライン授業
 4/9 小学校、始業式と入学式の翌日からまたもや休校始まる(~6月1日) 
 4/13 新一年生を迎える会、新一年生と地域の方とのふれあいの会、中止
 4/16 役員選挙、中止
 4/18 役員引継ぎ会、中止
 4/20 学童、特別保育始まる(よほどの事情がある家庭のみ受け入れ。~6月1日)
 4/22 PTA総会、中止(書面議決)
 4/23 家庭訪問、先生がプリントをポストインしてくれるだけ
 5/22 PTA新旧役員会、やっと副会長解任
 6/6 学童保護者会総会、中止(書面議決)
 6/7 職場の総会、中止
 6/15 学童保護者会総会、議決、やっと会長解任

 本来なら4月22日でPTA副会長を辞めさせてもらえるはずが、延び延びになった時はどうなってしまうのだろう、早く辞めたいよー、と絶望的な気分になっていました。
 コロナの影響でろくに引き継ぎも出来なかったせいで、辞めてからも後任者からLINEで質問がひっきりなしにかかってきて、辞められた気がしないよー、オロロ~~~~~ン💧💧💧(←ハクション大魔王?)という心境だったのですが。
 それもさすがに夏に入った今は静まり、落ち着いた日々を取り戻しています、やっと。
 
 「なにひとつ無駄な経験というものはない」と言う人がいます。
 しかし、本当に、本当に正直な気持ちを言わせてもらうと、ことPTAに関していえば、他に趣味や自分磨きなどが何もできなかった2年4か月という日々、家じゅうのこまごまとしたことも出来なかった2年4か月、家族に細かく目をかけてあげられなかった2年4か月という日々は、相当無駄だったような気しかしません。
 「やらずに後悔するより、やって後悔する方がまし」という人もいますが、ことPTAに関していえば、「やればよかった……」ではなく、「やらなきゃよかった……」という思いの方が圧倒的に多いのではないでしょうか。

 今、ちょっとした家の汚れにさっと対処できる時間と心の余裕、子どもの勉強に目をかけてあげられる時間と心の余裕、ちょっとした常備菜を作れる時間と心の余裕、自分の健康に気を遣える時間と心の余裕、夫をねぎらってあげられる時間と心の余裕、があることが、
 本当に、本当に、本当に、何よりも幸せです
 そして、それを奪われた2年4か月という日々が、やはり悔やまれてなりません。仕事だってこの期間は中途半端だったし……。

 こんな思いしか残らなかったPTAというもの、本気でどこかの時点でなんとかする必要があるのでは

小学校PTA副会長もあと5ケ月……!

 加納朋子さんのPTA小説を続けてレビュー(というほどのこともないけれど)しましたが、「PTAって、人が思うほど恐ろしい所ではありません。もっと恐ろしい所です」という言葉がぴったりの、前近代的で時代錯誤で自己犠牲的な、そういう場ではあります。

 我が小学校は児童数も少なく、2クラス作るのがやっと。数年前は廃校の危機とまで言われていました。
 ところが市長の方針で、「子育てファースト」に思いっきり舵を切ったこともあり、そんな不動産屋さんにまで見捨てられていた我が町にも子育て世帯が増え始め、廃校の危機はとりあえず免れてはいます。

 しかし世帯が増えたからといって、PTAの負担が減るわけではありません。
 専業主婦が多かったこの街も今や働くお母さんが主流で、かといって働いていることを辞退理由にはできないため、結果、お人好しで仕事もPTAも引き受けてしまう性質の人に、負担が集中するかっこうになっています。
 
 「PTAの何が嫌? トップ3」というのがあるとするなら、以下のような感じでしょう。
1.仕事を休まなければならない(「またPTAで休みか……」「なんで役員なんてなったの?」などと嫌味を言ってくる上司も)
2.ボランティアのわりにやるべきことが多すぎる(日給5,000円くらいは欲しいくらいの仕事量)
3.やる人とやらない人の負担感の差が大きすぎる(不公平感はんぱない)
4.「子どものために」やっているはずが、自分の子どもを犠牲にしている(PTAの業務のために子どもに学童に行ってもらうとか、なんか変じゃない?)
5.実働部隊は母親ばかり(父親が出てくれる家庭もあるけれどまだまだ十分ではない)
6.地域の各団体との付き合いに忙殺され、本当にPTAとしてやりたいこと(子供とゲームとのかかわりについて保護者みんなで話し合う、いじめや不登校問題や学級崩壊問題を話し合って解決に導く、など)がまったくできない

 あれ、トップ6になってしまったが、こういうのがあることを人づてに聞いたり、ネットで見たりして、なんとなく怖そうなイメージができてしまい、仕事などを理由に役員から「逃げ」たり、PTA自体に加入しなかったりという(実は任意であるということがネットで広まっていることもあり)保護者が増えていて、担い手が少なくなり、選出会は本当に我々本部役員にとって重荷になってしまっています。

 けれどPTA側にも問題があって、嫌々やってるからついつい顔も怖くなり、すんごい負担が多いからそれを隠しておかないと誰も引き受け手がないだろうという恐怖からことさら業務内容を隠し倒し、引き受けてほしいからとはいえついつい威圧的な「選出会には必ず出席して下さい」みたいな文言を書いてしまい、つまり私たち自身も「PTA=怖い」というイメージを助長してしまっているところがあります。

 とはいえ、やっぱりしんどいもん。緊張もするもん。失敗したら責められるもん。笑顔ではできませんよ。

 なのでここはやはり、各方面と協議の上で少しずつでも業務を減らしていく。 それと同時進行で、業務の「見える化」を少しずつでも進めていく。 せめて時間的な拘束がどれくらいかくらいは公開したっていいはず(基本的に子供が学校に行っている時間であることすら知らず、午後とか夜とか土日とかも業務があると思ってる人は多い)。
 
 少しずつ負担を減らしていくことで、役員の笑顔も少しずつ増えていき、どんな状況下にいる人でも無理なく参加できる「持続可能なPTA」ができていくと思うんですけどねえ。

 PTAが消滅しちゃってもいいのなら私も何も言いません。
 でも実際、困るんでしょ? 地域のお祭りができなくなるんでしょ? 登下校の見守りをしてくれる人もいなくなるんでしょ?
 子どもたちや学校や地域のためにPTAが必要なのであれば、存続可能な状態にしていかないと……。

 なんてことを、実際の話し合いの場ではなかなか発言できず(みんなが発言しまくるから)、こういう場にしか吐露することができないのでありました。

幼稚園PTA役員だった頃はこんなんでした

PTA
 そんなわけで、PTAと学童の役員として絶賛大忙し中の私だが、実は5年前は、幼稚園のPTAやってたんである。 

 私は本部役員ではなく、愛護人権部の副部長という、そんなに忙しくなさそうな役職だったので、まあ本部の人たちみたいにずっとPTA室に「住んでる」ようなことにはならないだろうと高をくくっていたら、「住んでる」まではいかないまでも「プチ出勤してる」くらいの忙しさにはなっていた😖
 ベルマーク集計や庭の草引き、地域の人権協議会への出席、保護者全員大掃除の指揮などを主な業務としていて、一年通してずーっと地味に忙しいという感じだった。
 生協の協同購入も2週連続お休み、下手したら3週連続お休みということも。
 
 当時の日記を抜粋してみると……。

 ☀あっつ~い……。覚悟していたとはいえ、7月のPTA室、扇風機のみ、窓あけ放し、8人くらいのお母さん方でむんむんの中、ベルマーク集計したり書類作成したり打ち合わせしたり。夢中でやってるから熱中症になりかけても気づかない。恐ろしい。お茶飲んで辛いお煎餅食べて乗り切った。

 ☀一学期最大の山場! 草引き&地区別懇談会、無事乗り切ったぞー! ああ暑かった😵私は草引きチームだったので収納用品の搬出しないで済んだけど、搬出チームの役員各位お疲れ様でした。えらい時に役員になってしまったものよ。

 ☀ナイトウォーキング~。なんていうおしゃれなものではなく、ただ単に中学校区PTA及び地域の人々とパトロール👟 蒸し暑いし、うちから中学まで2往復もさせられて疲れた~。晩御飯の時間帯だったのでこっちはおなかもすいてるし……。

 ☀朝から草引いて打ち合わせして歩いて買い物行って家で弁当食べながらP仕事してこれから七夕飾りつけして、その上で炎天下、子供の公園遊びにつきあう&へたすりゃ誰か連れてくる……もう勘弁してくれ😵 でも勘弁してくれないのが子供なんだよな。

 ☀PTAでテトラパックを回収してるんだけれど、なかなか集まらない😵 軽く洗った状態で持ってきてもらったらいいんだけれど、それも面倒っちゃ面倒だものねえ。そしてそれらを切り開いて、ずぶずぶにぬれたやつをもう一度きれいに洗って乾かすのは我々の仕事…

 ……なんか😵マーク連発で、しんどかったんだなあと改めて。
 この幼稚園のPTAに比べたら、小学校のPTA なんて屁やで、と先輩ママに言われていたが、なんのなんの、小学校だって結構大変じゃないか。
 まあ、毎日出勤でこそないものの、仕事しながらだとやっぱり、行事を休んだり仕事の方を休んだり、夫に休んでもらったり、なんだかんだと調整が必要。
 一番の違いは、幼稚園は「専業主婦である」という前提があったこと(まあ、最近の幼稚園は働くママさんも多いかもだけど)。
 小学校はといえば、現に我々PTA本部役員はほぼ全員が働くママである。すべての行事に出席することなどとてもではないができない。「出られる人が、出られる日に」が原則となる。私も会長の代理でずいぶんいろんな団体の総会に出席した。
 私が住む地域では、秋に最大のイベントがある。幼稚園PTAの頃だってそのイベントの準備はものすごく大変だった。しかし小学校PTAではまた別の大変さがある。なんと、すべての団体をとりまとめ、資料を作り、実質的な運営をしていくのが、小学校PTAなんである。
 勘弁してくれよ……😵😵😵
 なんでそこまでやらなきゃいけないのか……嘆いていたらきりがないので、また別の機会に続きを書きます。やれやれ。

中山可穂「銀橋」

 中山可穂さんの「男役」「娘役」に次ぐ、宝塚シリーズ第3弾が出ていたことを知り、さっそく読みました。

 人気男役・レオンこと花瀬レオと、ナッツこと永遠ひかるの間の学年に当たる、実力派男役・ジェリコこと鷹城あきらが今回の主人公。

 いぶし銀の輝きを放ち続ける超実力派専科の男役・アモーレこと愛河凛(そういえば大河凛って男役さんがいたな)に憧れ続け、恵まれたルックスと実力にもかかわらずスター路線に乗ることをかたくなに拒み、新人公演でもアモーレさんの役をゲットし、別格男役として宙組で不動の地位を築いていたジェリコ。

 ある日、音楽学校時代から親しくしている上級生・レオンが、花組から宙組に異動してきてトップになる。
 ジェリコにとっては願ってもないことである。
 しかもそのお披露目公演は、アモーレさんの退団公演ともなってしまい、ジェリコは気合を入れて稽古に臨むが、千秋楽を前にまさかの事態が起こる。アモーレさんが公演中に姿を消したのである――。

 「男役」からの通しキャラであるレオンと、下級生のナッツの禁断の(?)関係性がその後どうなったのか、ナッツの憧れの人であるパッパさんこと如月すみれの謎、などなど、通して読んできた読者には興味をそそられる内容であり、ジェリコとアモーレさんの師弟関係にも涙が。
 実際の専科さんってどうなんだろう。すみれコードぶっちぎりで言えば、下手したら還暦前後のお姉さま方である。アモーレさんのように舞台でのケガがもとで視力が極端に落ちてしまっている人、持病を抱えている人もいるかもしれない。
 もっとも、アモーレさんのように自らの退団公演の途中に劇場を出ていき、武庫川の河原で心臓発作を起こして倒れるなんてことが現実に起こったら大変だが、タカラジェンヌとして年齢を重ねていく過程には、人には言えないしんどい状況も往々にしてあるのかもしれない。
 タカラジェンヌは全員が未婚の女性だが、若い時期は誰にとっても永遠ではない。退団したら一人の女性としてどう生きるのか、残るなら残るでどう、タカラジェンヌとして生きていくのか、そんな姿を、パッパさんとアモーレさんは読者に示してくれているのかもしれない。
 
 個人的には、ジェリコのお父さんのキャラがなんとも言えず味があると思った。
 堅物な、誰も笑顔を見たことのないほどの大学教授が、まさかの一人娘のタカラヅカ志望という事態に大いにうろたえ、とことんタカラヅカについて調べつくし、ジェリコの入団後はすべての公演に足を運び、DVDもすべて買うのである。
 親子なのに敬語で話す父が、タカラヅカという共通項でなんとか娘との距離を縮めようとする、そんな不器用な、ぎこちない親子愛がなんだかしみるんだな。
 リアルジェンヌさんのお父さんにも、そういう人が結構いるのかも……?


銀橋
KADOKAWA
2018-09-21
中山 可穂

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