映画「ノルウェイの森」見てきました!(ネタばれ注意)

村上春樹「ノルウェイの森」」について  4年前に小説の「ノルウェイの森」について書いた自分のブログにトラックバックします。もし小説をまだお読みでなく、これから映画を見るにあたってあらすじを知っておきたいという方はそっちの記事もお読みいただけると幸いです。  ★★★以下ネタばれ要注意!★★★  全体の感想は「ラブストーリーにしようと意識するあまり、原作の重要なポイントを削りすぎていて、深みを欠いてしまったな」というもの。  もっとも残念なのは、療養所でのヒロイン・直子のルームメイトであるレイコさんという中年女性が、原作では3度の精神病院入院の経験から主人公・ワタナベや直子に重みのあるアドバイスをする(それは我々読者にとっても生きる上での指針になるような言葉たちだ)という重要なキャラクターなのに、まったくと言っていいほどそういう要素がカットされ、ただの直子の付添人のようになってしまっていたこと。  直子やレイコさんの精神病を掘り下げると、ラブストーリーの純度が下がって、別の映画になってしまうという懸念があったのかもしれないが、それにしてもひとことでいいから「レイコさんらしさ」を示す台詞がほしかった。  演じる霧島れいかさんという女優さんは、ギターで「ノルウェイの森」を弾き語るシーンがあるのだが、歌もうまいし声も良いし英語の発音も良いし、びっくりした。  次に残念だったこと。  もう一人のヒロイン・小林緑が「私これまでの人生で十分に傷ついてきたし、もうこれ以上傷つきたくないの。幸せになりたいのよ」と言うのだが、映画では緑の苦労の多い半生についてほとんど語られてないので(両親を失ったことは示されるが)なんだかこの台詞が唐突に思えたのだ。  両親を病気で失ったのは確かに気の毒だけれど、美人で明るくて友人もいて恋人もいて、楽しそうな描写しかないので、「どこでどう傷ついたっていうの?こんな20歳の娘が?」と思ってしまうのだ。  ワタナベを愛し始めたのに、ワタナベは別の女の子(直子だ)のことしか見ていない、という苛立ちも、映画ではほとんど感じられず、気まぐれに機嫌を損ねたり怒ったりする女の子、という風にしか見えなかった。  演じた水原希子ちゃんは映画初出演とは思えないくらい自然で良かったと思う。  直子役の菊地凛子についてはあちこちでいろいろ書かれているのでくどくどとは書かないが、やはり年齢的にも資質的にも無理があったかも…と思わざるを得ない。  演技力で力技で直子に持って行ったという感があるが、こと直子に関してはそんなんじゃなくていいから、演技は少々下手でもいいから、もぎたての青い果実が病んでいく……というイメージを体現できる人に演じてほしかったな。  ただ、高原で長台詞を一気にしゃべりつつ、最後は慟哭するというシーンは、見ごたえがあった。  演技だけでいうと、演技賞はハツミさん役の初音映莉子さんにあげたい。  永沢さん(玉山鉄二)に対する積もりに積もった不満が静かに爆発していくさまを細かく細かく表現していて、息を呑んだ。    糸井重里(大学教授役)も、高橋幸宏(療養所の門番役)も、台詞はひとことしかなく、細野晴臣(レコード店店主役)にいたっては台詞無し!  これだけのリアルワタナベ世代の大物をそろえておきながら、こんな使い方も贅沢だなと思った。  ワタナベがレコード店でバイト中に手を切ってしまい、細野さんが大慌てで止血しに来るシーン、なんであれだけスローモーションだったんだろう? その意味のなさも笑えた。  最初にも書いたが、「ラブ注入」ならぬ「ラブ抽出」な映画化なので、ラブシーンが多すぎて、それも原作にはないような描写もあり、げんなりしないでもない。  私の中では直子はあくまでキズキという自殺した恋人のことしか見ていなくて、ワタナベのことは直子なりに大切に思ってはいるけれども恋愛感情はまったくない、と解釈していたので、映画では直子から迫るようなシーンもあって「それはちゃうやろ!」と叫びたくなった。  あと、キズキの自殺するシーンをあんなに事細かに描写するくらいなら、直子の自殺をもっと描けよ、とも。  雪山に2本の足。ナレーション「直子が死んだ」。  これはないでしょ。  原作ではレイコさんがワタナベのアパートを訪れた時に、どういう流れで直子の死体が発見されるに至ったか、説明してくれるんだけれど、映画ではもちろんそれもないもんだから、あまりにも唐突だし、自殺するに至った直子の悲痛な心理描写もほとんどなくて、「なんなのこの人、結局?」感が否めないのだ。  というわけで結論から言うと、映画を見る前でも見てからでもいいので、とにかく原作は読んでほしい。  原作を読まずに映画だけ見て「なんだノルウェイの森って、そんなに騒がれるほど名作でもないじゃん」などとゆめゆめ早合点するなかれ。  原作には、映画に描かれなかった大切なエッセンスがぎっしり詰まっている。 あなたにとっての「人生の一冊」になるかもしれない。 ぜひぜひ原作を読むことをおすすめする。 
ノルウェイの森(上)
講談社
村上 春樹

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ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
講談社
村上 春樹

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posted by つむ at 14:32

村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」

 私のことを大学くらいから知っている人は意外に思うらしいが、小学校時代はなぜかマラソンだけは速くて、マラソン大会では常にひとケタ台だった。  勢いあまって中学校で陸上部に入部してしまい、どういうわけか駅伝のレギュラーなんぞにも選ばれたりした。  まあ、たまたま人よりほんの少し速かったに過ぎず、思い入れもなかったので、高校からは陸上とは全く縁のない生活になったものの、大人になって、むくむくと「走りたい病」に襲われて、結婚したばかりの頃、夫と二人で近所の大きめの公園の外周を競走し、翌日発熱したりもした(これはいまだに夫に笑いのネタにされている)。  そんな中途半端な元ランナーの私が、再び「走りたい病」の発作を起こしたのは、この本がきっかけ。  村上春樹氏がマラソンを走っていることは以前から知っていたが、トライアスロンにまでトライしていたとは、、、  夏はトライアスロン、冬はフルマラソン、それらの大会に備えて毎日のランニングと筋肉のメンテナンス、もちろん小説の仕事もしながら……どれだけ忙しいんだろう。  しかし、春樹氏が大ベストセラー作家としての日々、心身共に「ぶれる」ことがなかったのは、「走る」ことが生活の柱になっていたからだということがよくわかる。  どれだけ仕事が忙しくても、海外に移住しようとも、とにかく毎日1時間、走ることだけはやめない。 仕事も午前中に済ませて、夜はさっさと寝てしまう。 作家にありがちなナイトライフで体を壊すようなことは絶対にない。 こういう生活を何十年も続けていることが、作家・村上春樹の芯になっているというわけなのだ。  走ることはもちろんつらい。 呼吸が苦しくなるのは当然ながら、体中がばらばらになりそうなくらいつらい。 それでもある種の人は走り続ける。 走った先の何かに出会うため。 その先の自分を見るため。 ただ単に楽しいから?  で、この本に感動した私は、よせばいいのに駅から家まで1kmの距離を走って帰ってみた。  なんとまあ、1km走り切ることさえもできず、途中で何度も止まって歩いてしまった。  帰り着いてからもとにかく体中がしんどくて、一日くらい使いものにならなかった。  陸上部時代は5kmぶっとおしで走るくらいなんでもなかったのに…。  ブランクってこういうものなのかと愕然。  でもいつか、きちんとトレーニングを積んで、何らかのレースに出てみたい、そんな夢を持っている。
走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)
文藝春秋
村上 春樹

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持続することが大事だ ...
やはり、いいな?村上 ...
マラソンに興味のない ...
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posted by つむ at 22:50

村上春樹「シドニー!」

 18日の東京国際女子マラソン、みなさんは見ましたか?  やはり女王・野口みずきは強かった。ただ者ではない。35kmから先、普通ならただただ死にかけた身体をゴールへ運ぶだけというような段階に来て、さらにペースを上げることが出来るとは。しかも上り坂である。今回のレースで、彼女の北京五輪出場は確実となったろう。  残念だったのは渋井陽子。力のある人だけにオリンピックでの彼女を見たいと期待していたが、今回の選考レースでは決めることができなかった。30km手前でずるずる失速してしまった。何があったのだろう。見たところ、足に来ていそうな感じだったが。今後、大阪や名古屋の選考レースに出場するだろうか。調整は大変だと思うし、高橋尚子や坂本直子などのライバルも控えているが、何とかチャレンジしてほしい。  そんなわけで早くも北京五輪に思いを馳せている(といってもマラソンだけだけど)私が今読んでいるのがこの本。  私と同じで、普段はマラソン以外の競技をオリンピックで観ることがほとんどないという春樹氏が、どういうわけかシドニー五輪を現地で観戦。しかしここは彼らしく、10万円もする開会式のチケットを持っていながら、あまりの退屈さに途中退席したり、わけもなく車を駆って大陸を長距離ドライブしてみたりと、「見たいものを見る。見たくないものは見ない」を貫いている。だから本書には柔道とか水泳とかシンクロといった、いかにも日本人の興味を引きそうな競技は載っていない。ヤワラちゃんを見ずになぜかハンドボール決勝・ロシア対スウェーデン戦なんてのとか、日本人が全然出てこない砲丸投げとかを熱心に見ている。誰にでも書けそうなオリンピック観戦記ではなく「自分にしか書けないもの」を追求する春樹氏の姿勢が表れている。  春樹氏と大方の日本人の興味が一致する競技はおそらくひとつだけ、マラソンである。彼は高橋の優勝シーンはもちろんしっかり見届け、記者会見にも参加している。惨敗した男子マラソンも見届けている。しかし春樹氏は単純に勝者をたたえ誉めそやし、敗者を惜しむという姿勢を取らない。本書は冒頭とラストに犬伏孝行と有森裕子という二人のマラソンランナーを登場させている。つまり、シドニーで途中棄権という形で散ったランナーと、スタート地点にすら立つことのできなかったランナー。この二人の「敗者」のエピソードに、金と熱狂に満ちたオリンピックの模様がサンドイッチされるという形を本書は取っている。 「永遠に勝ち続けることのできる人間はどこにもいない」  一度は栄誉に酔いしれた者も、いつかは敗北を味わう時が来る。それでもそこで人生を終わらせるわけには行かず、人はいつか再び勝てるかどうかの確信さえ持てないまま、生き続け(戦い続け)なければならない。春樹氏が一番訴えたいのはこのことだろう。だからこそ、彼は単純に金メダリストの後ろを金魚の糞のようについて回るだけの取材を嫌い、もっとリアルな「人間の戦い」に触れようとしたのだと思う。  金メダルに輝き「QちゃんQちゃん」とちやほやされた当時から7年。春樹氏は今どんな思いで、かつての勝者・高橋を見ているのだろう。アテネ五輪で勝ち、北京の切符もほぼ手中に収め、前人未到のオリンピック女子マラソン2連覇を成し遂げようとしている野口のことは? 市橋有里、山口衛里、真木和といったかつての五輪ランナーのことは? 私としては、おいやだろうとは思うが、ぜひとも北京五輪の観戦記も春樹氏に書いてほしい。マラソンだけでもいいから。勝ち続けようとする人間、敗北していく人間、その挑戦の模様を書いてほしい。それは規模こそ違え、私たち自身の姿でもあるはずだからだ。 シドニー! (コアラ純情篇) (文春文庫)
posted by つむ at 10:32

村上春樹「ノルウェイの森」

 あらすじ(結末あり注意!)  ★37歳の僕(ワタナベトオル)は、乗っていた飛行機で流れた「ノルウェイの森」に激しく心を揺さぶられる。その曲は僕に自分の大学時代を、そしてそのとき隣を歩いていた一人の美しい女を思い出させるのだった。  神戸。高校生の僕にはキズキという親友がいたが、彼は17歳の時何も言わずに自宅のガレージで自殺する。キズキには直子という幼なじみの恋人がおり、僕らは三人でよく遊んだのだったが、キズキの死とともに直子とも疎遠になる。  僕は東京の大学に進学し学生寮に入るが、ある時やはり東京の女子大学に進学していた直子と再会し、それ以来何度か会うようになる。僕はしだいに直子に好意を持つようになるが、彼女は話す時に言葉が上手く選べないという症状を発症していた。直子の20歳の誕生日の夜に僕と直子は結ばれるが、それからまもなく直子は大学を休学し、神戸に戻ってしまう。  僕は同じ寮に住む東大生の永沢さんと友人関係になり、風采のいい彼に誘われて行きずりの女の子と遊ぶ日々を送っていた。そんな中、大学のクラスメートである小林緑と親しくなり、直子とは違う生気にあふれた魅力を持つ緑に惹かれるようになる。  直子は京都の山奥にある「阿美寮」という療養施設に入る。僕が訪ねていくと、直子はルームメイトのレイコさんという中年女性とともに穏やかな療養生活を送っていた。直子の病はキズキの自殺の直後から始まっていたのだった。直子は僕に、自分の姉や叔父も自殺したことを告白し、「私の病気は根が深いのよ」と言う。  レイコさんは僕に自分の病歴を話して聞かせる。ピアニスト志望だった彼女は、コンクールの直前に原因もわからず指が動かなくなり、ピアニストの夢を絶たれ、2度にわたって精神病棟に入る。その後ピアノ教師となり、結婚して子供も産まれ平和な日々を送っていたのだが、ある時教え子の少女に陥れられ、3度目の入院となり、離婚してこの施設にやってきたのだった。  永沢さんが外務省に入省することになり、恋人のハツミさんと僕との3人でお祝いの食事をする。しかし永沢さんとハツミさんが口論となり、僕がハツミさんを家まで送る羽目になる。自分の立身出世のことしか考えておらず結婚する気もないという永沢さんをそれでも愛しているというハツミさん。それが僕が見たハツミさんの最後の姿となった。彼女はのちに他の男と結婚し、その二年後に自殺することになる。   緑と親しくなっていくにつれ、僕は緑への思いを募らせていき、一方で直子のことも変わらず愛している自分、しかし直子の心にあるのはキズキのことだけだという事実に苦しむ。そして緑もまた僕を愛するようになり、ついに恋人と別れて僕にすべてをぶつけてくる。苦悩のあまり僕は正直に自分の気持ちを手紙に書き、レイコさんに送る。レイコさんは「そんなふうに悩むのはやめなさい。精神病になりたくなかったらもう少し心を開いて流れに身を任せなさい。そして幸せになれると思ったらそれをつかんで幸せになりなさい」とアドバイスする。  病状が悪化し、一時期大阪の病院で集中的に治療を受けていた直子は、一時退院して「阿美寮」に戻り、その夜、林の中で首をつって自殺する。レイコさんからそれを知らされた僕は絶望のあまり、心配する緑をよそに1ヶ月に渡って放浪の旅を続ける。  東京に戻った僕をレイコさんが訪ねる。「阿美寮」を退寮し、友人を頼って旭川へ行くというレイコさんと僕とはその夜結ばれる。レイコさんは「直子の死に対して何らかの痛みを持つというのなら、あなたは生涯を通してそれを持ち続けなさい。でもそれとは別に緑さんと二人で幸せになりなさい」と僕に告げる。  翌日、レイコさんを見送った僕は緑に電話をする。ずっと僕を待ち続けていた緑はひとことこう言う。「あなた、今どこにいるの?」★  おそらく春樹文学史上もっともウエットな作品なのではないかと思う。  「あらゆる物事と自分との間にしかるべき距離を置くこと」を心に誓って大学生活を送っているはずのワタナベ君は、誓いとは裏腹にあらゆる物事に心を揺り動かされている。主に恋愛のことでだけれど。  作者は、他の作品でさほど深く取り上げなかった「恋愛」について、真っ向から取り組んでみたかったのではないだろうか。そうしなければ作家として次のステップに進めなかったのではないか。そんな気さえする。  ここからは読み飛ばしてほしいのだが……  この作品が映画あるいはドラマ化されるとしたら(春樹氏のOKはまず出ないと思うが)、どんなキャスティングがいいだろうと考えたりする。  ワタナベトオルはやはり、直子が死んだ時に泣きまくってほしいという思いから、日本の「涙の貴公子」山田孝之(←私が勝手に名づけた)。  直子は綾瀬はるか、緑は長澤まさみで決まりだろう。  この豪華な三角関係、実現してほしいと思うんだけどなあ。  ノルウェイの森〈上〉
posted by つむ at 19:22

村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」

 あらすじ(「羊をめぐる冒険」から続けて読んで下さい。結末あり注意!)   ★1983年。34歳になった僕は翻訳事務所をやめ、フリーのライターとして働いている。  ある時仕事で訪れた北海道で、僕はあの「ドルフィン・ホテル」に行ってみようと思い立つ。ところがホテルは、巨大な資本が投下された近代的なホテルに変貌を遂げていた。そのホテルのフロントの眼鏡をかけた神経症的な女の子、ユミヨシさんに僕は好意を抱く。  そのユミヨシさんから、僕はホテルの16階の怪現象の話を聞く。恐怖をこらえながらひとりで16階に行ってみた僕はそこで羊男と再会する。彼は「このホテルはあんたのための場所なんだよ」「踊るんだ。踊り続けるんだ。意味なんてものは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ」と僕に告げる。  札幌の映画館で、中学時代の同級生で現在は人気俳優になっている五反田亮一が出演している「片想い」という映画を見た僕は、五反田君の恋人役であの、美しい耳の持ち主である「キキ」(ここで彼女は初めて名前を与えられる)が出ているのを見て衝撃を受ける。  東京へ戻る僕にユミヨシさんが、13歳の美しい女の子を東京の家に送ってやってくれないかと依頼する。名前はユキ。父は落ちぶれた作家・牧村拓。母は新進気鋭の写真家・アメ。しかし両親は離婚しており、ユキはアメに引き取られてはいるが、奇行で知られるアメはほとんど育児を放棄しており、今回もユキは母親にホテルに放置されたのだった。警戒していたユキだが、僕の飾らない人柄に次第に心を開いていく。  僕は五反田君と再会するが、キキの行方は彼も知らなかった。何かの手がかりになればと僕と五反田君はキキと同じコールガール組織から娼婦を買う。ところがその直後に娼婦のひとり・メイが殺されてしまう。メイの財布に僕の名刺が入っていたことで僕は警察に呼ばれるが、ユキの父・牧村拓が助けてくれる。  お礼がてら僕はユキとともに牧村拓の住む辻堂へ行く。牧村は「これからもユキの世話をしてくれないか。金はいくらでも出す」と持ちかけるが、僕は「個人的には娘さんとは会いますが、金はもらえません。娘さんの面倒を見る義務はあくまでもあなた方親にあるのです」と、自分のことばかりにかまけて育児を放棄している牧村とアメを批判する。  ハワイの別荘にいるユキの母・アメに誘われて、僕とユキはハワイに出かける。アメはそこで仕事をしながら、片腕の詩人・ディック・ノースと暮らしている。アメの精神病一歩手前の人格と、痛々しいばかりに献身的にアメに尽くすディック・ノースに辟易とする僕と、アメの傲慢さに傷つくユキ。  ある日僕はホノルルの街角でキキを見かける。驚いてあとを追う僕は、6体の人骨が安置された部屋に迷い込む。  僕は一足先に東京に帰り、ユキはアメ、ディック・ノースとともにアメの箱根の家に帰る。その直後にディック・ノースが交通事故死する。  五反田君は別れた女優の妻とひそかに逢瀬を重ねるため、自分の派手なマセラティと僕の地味なスバルを交換してほしいと申し出る。しかしマセラティにユキを乗せるとユキの具合が悪くなる。さらに僕はユキと映画「片想い」を見に行くが、五反田君とキキが出てくるシーンでまたしてもユキの体調に異変が起こる。ユキは「あの男の人があの女の人を(現実の世界で)殺し、マセラティに乗せて遺棄した。私にはそれがわかるの」と言う。  五反田君がキキを殺したという事実を受け入れられない僕は、悩んだあげく五反田君を呼び出す。五反田君は「いったい何が現実なんだろう?」と苦悩を語り、僕が席をはずした隙に乗ってきたマセラティごと海に身を投げて死ぬ。  ハワイで見た人骨は、鼠、メイ、キキ、ディック・ノース、五反田君の死を象徴していたのだと僕は確信する。6人目は果たして誰なのか? そして僕は守るべき人間の存在に気付く。ユキに良い家庭教師が見つかったことを確認した後、僕は北海道へ発つ。  北海道でユミヨシさんと再会した僕は、彼女と結ばれる。多くのものを失ったあとで、失ってはならないものを確かに手に入れた僕は、この地でユミヨシさんとともにささやかな生活を築いていこうと思う。★  「羊……」で多くのものを失った「僕」は、この「ダンス……」でまた数々の出会いと喪失を体験することになる。  不確かな、確実なものは何もない、明日何がどうなるかわからない世界。確かにそばに存在していたはずのものが、次の瞬間には消えてしまうような世界。  そんな世界で、大切なもの、失ってはならないものをこの手でしっかりと確かめること。あちらの世界に行ってしまう前に、こちらの世界にしっかりと留まり、こちらの世界で大切なものを掴み取り、決して離さないようにすること。  それが「僕」が一応たどり着いたひとつの到達点のようである。  ユミヨシさんとの関係がどうなるかはわからない。彼女が「僕」にとって本当に大切なものなのかどうかも。また、彼女がいつ「僕」の前から消えてしまっても不思議ではない。  ともあれ「僕」の物語は、1983年6月をもって一応の終結を迎えた。  「羊」シリーズ(ととりあえず呼ぶことにするが)でじっくりと描ききることができなかった、あるいはしなかった(と私には思える)もののひとつに「人と人との濃密な関わりあい」があると思うのだが、そのあたりを「ノルウェイの森」で炸裂させたような感がある。  いわば、もうひとつの「僕」の物語。 
posted by つむ at 19:09

村上春樹「羊をめぐる冒険」

あらすじ(結末あり注意!)  ★1978年。僕は29歳になっている。翻訳事務所の事務員の女の子と結婚していた僕だが、妻に恋人ができたために離婚する。  広告制作の仕事の過程で、僕は信じがたいほど魅力的な耳を持つモデルの女の子と知り合う。耳のモデルと校正のアルバイトと高級娼婦の仕事を掛け持ちしている彼女が僕の新しいガールフレンドになる。  ある日僕は、ある広告に載せた写真に写った、背中に星の斑紋がついた羊を見つけ出すこと、さもなければ社会から抹殺すると、とある右翼の大物の秘書から脅される。その写真は、北海道に渡ったという鼠から送られてきた写真だった。鼠はその写真をどこでもいいから人目につく所に出してほしいと手紙に書いてきて、僕は何も考えずに広告にその写真を載せたのだった。右翼の大物である「先生」は余命僅かであり、与えられた期限は一ヶ月。鼠を探すため、僕は美しい耳のガールフレンドとともに北海道へ向かう。  北海道では「ドルフィン・ホテル」というみすぼらしいホテルに泊まり、支配人の父親である「羊博士」から、その羊にまつわる話を聞くことになる。彼は農林省のエリート職員だったのだが、その羊がある時自分に乗り移り、そして去ってしまった。それ以来彼は職を辞して羊飼いになり、「思念のみが渦巻く地獄」の中を生きてきた、と僕たちに語る。所有していた牧場と家はとある大金持ちに売ったという。僕とガールフレンドは牧場のある十二滝町に向かう。  僕たちは苦労してその牧場にたどり着く。それは鼠の実家の別荘になっていたのだった。鼠がそこでつい最近まで暮らしていた気配がある。しかし僕が眠った隙にガールフレンドが姿を消してしまう。そして奇妙な羊男が幾度か僕を訪問する。  やがて鼠が別荘に現れ、恐ろしい事実が明らかになる。羊は羊博士の体から抜けたあと「先生」の体に入って政界・財界・情報のすべてを意のままに操り、次いで鼠の体に入った。鼠は羊に支配されることを拒み、羊を飲み込んだまま、別荘の梁で首をつって自殺した。そして「先生」の秘書は鼠のこともこの牧場の場所もすべて知っていながら、僕を北海道へやったのだった。  別荘を出た僕を秘書が待っていた。「先生」が亡くなったことを告げ、秘書は別荘へひとり向かう。列車に乗った僕は、窓の外遠く、別荘のあった場所から爆発音と煙が上がるのを見る。  僕は久しぶりに故郷へ帰り、川のほとりで二時間泣き続けた。★  村上春樹の小説の中でもかなり難解な部類に入るのではないかと思う。  少なくとも私は最初読んだ時はほとんどわけがわからなかった。  今でも「羊」が意味するものは何なのか、「羊的思念」とは何か、なぜ鼠は死なねばならなかったのか、なぜ美しい耳のガールフレンドは去ってしまったのか、などなどわからないことだらけである。  ひとつだけわかったことは、どれだけ「僕」が「人は誰も弱い。その弱さに早く気付いた人間が少しでも強くなろうと努力しなければ」と説得したところで、鼠はその自分の「弱さ」が好きだからこそ、「それは一般論だ。俺には通じない」とばかりに自分の個人的な弱さの中に沈み込んでいったのだということ。  私にも身に覚えがあるから、鼠の気持ちはわかるような気がする。  ここでいったん「羊シリーズ」(とあえて名づけるが)は終了する。  しかし村上春樹は「僕」をなんとか幸せにしたかったのかどうなのか、80年代を舞台に「ダンス・ダンス・ダンス」を書き、「僕」を新たな冒険に飛び込ませるのである。 羊をめぐる冒険 (上)
posted by つむ at 18:52

村上春樹「1973年のピンボール」

あらすじ(結末あり注意!)  ★1973年。僕は24歳になっている。大学卒業後、大学の友人と事務員の女の子と3人で小さな翻訳事務所を設立し、忙しいながらも充実した日々をすごしている。プライベートではどこからか転がり込んできた双子の女の子と暮らしている。名も名乗らない上にそっくりな二人が着ている数字のついたトレーナーを頼りに、とりあえず「208」「209」と呼ぶことにする。  一方、鼠はいまだ兵庫県に住んでいる。大学を辞め、職にも就かず、父親が「苦労をさせるために」与えた豪華なマンションの一室で鼠は何もせず、時折訪れる感情の波にじっと耐えて過ごしている。  ある時鼠は新聞で見つけた中古のタイプライターを買い、売り主である年上の女性と恋仲になる。設計事務所に勤める彼女と週末に会うようになった鼠だが、それも鼠の心の渇きを癒すには至らなかった。  東京の僕は、かつて「ジェイズ・バー」で鼠とともに夢中でプレイしたピンボール台「スペース・シップ」が自分を呼び続けているのを感じる。東京中のゲームセンターやバーを探すが、日本に4台しか輸入されていないその台はほとんどが行方不明か廃棄処分になっていた。やがて大学でスペイン語を教える「ピンボール・マニア」の男性と知り合い、彼の案内でとあるピンボール・コレクターが所有する建物を訪れる。そこはもともと養鶏場で、中に入ると実に78台のピンボールが僕を待っていた。その中に捜し求めていたピンボール台を見つける僕だが、自分のベストスコアを汚したくないという思いから、プレイはせずにその場を去る。  11月。双子の女の子は僕の元を去っていく。  今が故郷を去ってどこか別の場所で新しい生活を始める時だと考えた鼠は、ジェイズ・バーのマスターであるジェイに「街を出ることにするよ」と言い残し、恋人には何も告げずに故郷をあとにする。★  私は「羊」シリーズの中ではこの作品が比較的好きである。  1973年9月から11月にかけての、今ほどやかましくはなかっただろう街の空気、秋の澄んだ空気を感じることができる。  11月という月が個人的に一番好きだから余計にこの作品が好きなのかもしれない。  11月のほかほかと暖かい陽だまりのような「僕」のささやかながら穏やかな生活とは反対に、「鼠」の毎日は11月の木枯らしのごとくぴりぴりとして冷ややかである。それがほかでもない「鼠」自身の弱さから来るものであることが余計に切ない。  小さいけれど自分らしい仕事を見つけて、自分だけの小さいけれど確かな世界を築き上げつつある「僕」と、何かをやってやろうと思いながら、そしてそれ相応の能力もありながら、それを具体化する術がないばかりに結局何もできずに、自分の弱さの中に沈みこんでいく「鼠」の違いはどんどん大きくなっていき、「羊をめぐる冒険」の悲劇へとつながっていく。 1973年のピンボール
posted by つむ at 19:09

村上春樹「風の歌を聴け」

 あらすじ(結末が書かれていますので未読の方はご注意ください)  ★1970年8月。東京の大学に通う21歳の「僕」は、夏休みに兵庫県芦屋市(推定)の実家に帰省している。隣の神戸にある「ジェイズ・バー」に夜な夜な出かけ、ひとつ年上の友人である「鼠」とビールを飲みつつ、物憂い夏をすごしている。鼠は地元の大学に通う金持ちの息子だが、世の中の金持ちの連中を激しく憎み、自分自身が金持ちであることからも逃げ出したいと思っている。  ある日僕は、ジェイズ・バーで酔いつぶれた女の子を家まで送り、そのまま泊まってしまう。朝目覚めた女の子は僕が自分に乱暴したと誤解し、「あなたって最低よ」となじる。のちに僕と彼女とは彼女が働くレコード店で再会するが、彼女の態度は変わらない。  そんなある日、僕は彼女から「謝りたい」と連絡を受け、ジェイズ・バーで待ち合わせる。だんだん打ち解けていく二人。  翌日僕は彼女の家でシチューをご馳走になる。彼女は「しばらく旅行に行く」というが、どこに行くかは言わない。  鼠は大学を辞め、付き合っている女の子のことも途中で投げ出してしまう。そんな鼠に僕は「並外れた強さを持った人間なんていないんだ。みんな同じなんだ。それに早く気付いた人間が少しでも強くなるように努力すべきなんだ。強い人間なんてどこにもいやしない。強いふりのできる人間がいるだけだ」と語る。鼠は「本気でそう思っている」という僕に「嘘だと言ってくれないか?」と懇願する。  彼女が戻ってくる。旅行に行くと言ったのは嘘で、彼女は中絶手術を受けていたのだった。相手の名前も顔も覚えていないと彼女は言う。  それきり彼女と出会うこともなく、僕は高速バスに乗って東京へ戻っていく。★  村上春樹のデビュー作にはこれといったストーリーの起伏もなく、登場人物も数名、淡々と物語が進んで淡々と終わる。  それでもこの小説が現在に至るまで読者を獲得し続けているのは、その独特の空気感かも知れない。  まわりのものすべてをどこか醒めた目で突き放して見ているような主人公「僕」のありようが、何かに熱くなりたくて熱くなりきれない人々の心を捉えたのかもしれない。  あらゆる物事との間にしかるべき距離をとり、ささやかな幸せをつむごうとする「僕」と、何かを成し遂げたいと思いながらも自分の無力感に負けていく「鼠」の物語は「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」まで続く。 風の歌を聴け
posted by つむ at 19:08

村上春樹「遠い太鼓」

遠い太鼓/村上春樹」について  春樹氏が「ノルウェイの森」「ダンス・ダンス・ダンス」という二冊のベストセラーを書いている間、ほとんど海外で暮らしていたことはさほど知られていない。  その海外(ギリシャおよびイタリア)での日々をつづった滞在記である。  私は春樹氏の旅行記の中ではこれが一番好きである。何ともいえないユーモアにあふれた旅行記である。その一方で、やむにやまれず日本を出てきてしまったいきさつや心の動き、「ノルウェイの森」がベストセラーになったことでかつてないほどの孤独にさいなまれるようになった心境、などもリアルに(いくぶん感傷的に)つづられており、春樹氏のファンとしてはやはりこの旅行記を外すわけにはいかない気がしている。今までなんで手に取らなかったんだろう?  ギリシャの田舎の島で走ることは非常に難しいと春樹氏は書く。当時(20年前)のギリシャの島々にはまだジョギングとかフィットネスなどというものは普及しておらず、走るという行為自体が無用のものなのだ。だから春樹氏が健康のために毎日走っていると島民たちが「ありゃなんだ?」という目でじっと見てくる。声をかける者もいる。「貴君はなぜ走っておるのか?」「走るのは体に良くない」「んだんだ」「うちへ寄ってお酒でも飲んでいきなさいな」なんていう展開になる。素朴なギリシャ人と、覚えたてのギリシャ語で汗を拭き拭き意志の疎通を図ろうとする春樹氏の描写がおもしろい。  島の小さな映画館でのほのぼのとした(まるで映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のような)上映の様子、故障して開かなくなったクローゼットを巨大な石で「虐殺」しようとするメイドのおばさんなど、意外と笑える部分が多い旅行記である。映画館の場面などいつ読み返しても笑ってしまう。  これを読んでギリシャに行ってみたくなったのは言うまでもない。
posted by つむ at 17:16

村上春樹「雨天炎天」

 四駆でタフにハードに道なき道を行く!みたいな旅行記って、とかく汗くさくて男くさくて、はっきり言って私の好むところではないわけだけれど、そこはやはり春樹氏。  本書はギリシャとトルコの辺境旅行記なんだけど、どことなくとぼけた雰囲気の文章は健在で、男性数人での旅行にもかかわらず、汗くさい感じはほとんどない。  おそらく、その土地で出会った人、およびその土地で食べたものについての記述が多いからだろう。  ギリシャの島ではギリシャ正教の修道院めぐり。なかなかそういう旅行を思いつく人もいないんじゃないか。僧侶か野猿かわからないくらい汚いなりをしたお坊さんから「今度来るときはギリシャ正教に改宗しておいでなさい」とまじめに説教されたりもする。あまりありがたみがないような気がする。すごくおいしいウゾー(ギリシャの酒)やコーヒーやルクミ(ギリシャの京菓子のようなものだろう。ゼリー状の甘いお菓子)や野菜をたっぷり食べさせてくれる修道院もあれば、カビの生えたパンを水道水に浸したやつに、どくどく酢を注ぎ込んだ冷たい豆のスープというとんでもない代物を施してくれる修道院もある。まあその道中がかなり気の毒なんだけれどおかしくて、さくさく読み進めてしまった。  21日間かけて四駆でトルコを一周する旅。美しい黒海沿いの街もあれば、荒くれた物騒な街もある。どこにも言えることは、チャイを飲ませるカフェ(チャイハネというそうだ)があちこちにあって、しかもチャイがむちゃくちゃ安いということ(一杯10円がおおよその相場)。いいなあ。スターバックスもそれくらい安くなってくれたら毎日のように通うのになあと、心底うらやましくなる。  ギリシャの人々もトルコの人々も、基本的にものすごく素朴で優しい(もちろん泥棒関係の人々は除いて)。トルコの国境を守る兵士たちとチャイを飲みながら談笑したり、兵士の一人に空手の型をつけてあげたりする場面はほほえましい。この旅行が行われたのは20年くらい前なのだけれど、今でももしかしたら基本的な人々の心は変わっていないかもしれない。日本人の心はこの20年でずいぶん余裕を失ってささくれ立ってしまった気がするけど……。 雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行
posted by つむ at 11:19

村上春樹「辺境・近境」

 春樹氏の旅行記の中では、日本の町もいくつか含まれているため、読みやすい部類に入るかもしれない。  ラインナップは、アメリカ・イーストハンプトン、山口県・からす島、メキシコ、香川県、モンゴル、アメリカ横断、そして兵庫県西宮市~神戸市。  からす島での無数の虫たちとの格闘も、モンゴルの手付かずに残された戦場の跡も、香川県・さぬきうどん食べくらべ紀行もそれぞれおもしろかったけれど、なんといっても圧巻は「メキシコ大旅行」であろう。  メキシコという国のことはまったく知らなかったし興味もなかったし、これを読んでみてメキシコに行ってみたいとは(残念ながらまったく)思わなかったんだけれど、とにかくメキシコという国は、貧富、泥棒、暴力、観光地と貧しい村、宗教、物売り、過酷な気候、不衛生な食事、機械類の故障、悪路、エトセトラエトセトラ、とにかく旅行記をおもしろくさせる要素の集合体ともいえるような国で、読み物としてはかなり読み応えがあった。春樹氏の数々の旅行記の集大成といえるかもしれない。  メキシコ人は、たとえバスのすべての機能が故障したとしても、カーステレオだけは絶対に故障させない。そしてメキシコ歌謡を大音量でエンドレスで流しつづけるという。これはたまらないと思う。日本の普通のバスでそんなことやったら(エンドレスで北島三郎とか、エンドレスで大塚愛とか、あーやだやだ)即刻大量のクレームが来てバス会社は倒産だろう。私が毎日通勤に利用している市営バスはやたらアナウンスが多くてうるさくて、あげく「わ・か・さ生活♪」なんつー宣伝まで流すのでいいかげんうんざりしているのだけど、それをはるかに凌駕するうるささでメキシコのバスは走っているらしい。そしてだれも文句を言わず、(おそらくは)うっとり聞き惚れながら乗っているのだ。  時々強盗が出没する危険な場所を通過する。そうすると警官たちが無言でずかずかバスに乗り込んでくる。銃を持っている。またある時には死体にしか見えない人体を乗せたトラックが横を走っているのが見える。とにかく物騒な旅である。私もいつかはアジア以外の国を旅行してみたいなとは思っているけれど、メキシコはやっぱりちょっと遠慮したいかも。  このメキシコの次にインパクトのある中国~モンゴルの旅行記を読んでも感じるのは、カチカチといろんな規則やら申し合わせやら因習やら常識やらに縛られて、かつそれをけなげに守ろうとし、かつそれを守らない人間を厳しく糾弾する、そういう日常を送っているのは、もしかして日本人だけなんじゃないかということ。もちろんメキシコにだってモンゴルにだってそれぞれ決まりはあるんだろうけれど、日本の場合はものすごく「他人の目」が厳しくて、自分たち自身もすごく「他人の目」を気にする。そしてなんでも連帯責任で、自由がない。それが良い方向に機能している場合ももちろんあり(そうでなければ中国のように「信号なんてあってないようなもの」になり、交通状態が壊滅的になる)否定すべきものではないけれど、こういう旅行記を読んでから街に出ると、ずいぶん窮屈な場所で自分は生きているのかもしれないなあ、とふと思うのだ。  そういう思いは「雨天炎天」「遠い太鼓」を読むとますます強まるんだけれど、それはまた後日書かせてもらいます。 辺境・近境
posted by つむ at 21:59