小学校PTA副会長もあと5ケ月……!

 加納朋子さんのPTA小説を続けてレビュー(というほどのこともないけれど)しましたが、「PTAって、人が思うほど恐ろしい所ではありません。もっと恐ろしい所です」という言葉がぴったりの、前近代的で時代錯誤で自己犠牲的な、そういう場ではあります。  我が小学校は児童数も少なく、2クラス作るのがやっと。数年前は廃校の危機とまで言われていました。  ところが市長の方針で、「子育てファースト」に思いっきり舵を切ったこともあり、そんな不動産屋さんにまで見捨てられていた我が町にも子育て世帯が増え始め、廃校の危機はとりあえず免れてはいます。  しかし世帯が増えたからといって、PTAの負担が減るわけではありません。  専業主婦が多かったこの街も今や働くお母さんが主流で、かといって働いていることを辞退理由にはできないため、結果、お人好しで仕事もPTAも引き受けてしまう性質の人に、負担が集中するかっこうになっています。    「PTAの何が嫌? トップ3」というのがあるとするなら、以下のような感じでしょう。 1.仕事を休まなければならない(「またPTAで休みか……」「なんで役員なんてなったの?」などと嫌味を言ってくる上司も) 2.ボランティアのわりにやるべきことが多すぎる(日給5,000円くらいは欲しいくらいの仕事量) 3.やる人とやらない人の負担感の差が大きすぎる(不公平感はんぱない) 4.「子どものために」やっているはずが、自分の子どもを犠牲にしている(PTAの業務のために子どもに学童に行ってもらうとか、なんか変じゃない?) 5.実働部隊は母親ばかり(父親が出てくれる家庭もあるけれどまだまだ十分ではない) 6.地域の各団体との付き合いに忙殺され、本当にPTAとしてやりたいこと(子供とゲームとのかかわりについて保護者みんなで話し合う、いじめや不登校問題や学級崩壊問題を話し合って解決に導く、など)がまったくできない  あれ、トップ6になってしまったが、こういうのがあることを人づてに聞いたり、ネットで見たりして、なんとなく怖そうなイメージができてしまい、仕事などを理由に役員から「逃げ」たり、PTA自体に加入しなかったりという(実は任意であるということがネットで広まっていることもあり)保護者が増えていて、担い手が少なくなり、選出会は本当に我々本部役員にとって重荷になってしまっています。  けれどPTA側にも問題があって、嫌々やってるからついつい顔も怖くなり、すんごい負担が多いからそれを隠しておかないと誰も引き受け手がないだろうという恐怖からことさら業務内容を隠し倒し、引き受けてほしいからとはいえついつい威圧的な「選出会には必ず出席して下さい」みたいな文言を書いてしまい、つまり私たち自身も「PTA=怖い」というイメージを助長してしまっているところがあります。  とはいえ、やっぱりしんどいもん。緊張もするもん。失敗したら責められるもん。笑顔ではできませんよ。  なのでここはやはり、各方面と協議の上で少しずつでも業務を減らしていく。 それと同時進行で、業務の「見える化」を少しずつでも進めていく。 せめて時間的な拘束がどれくらいかくらいは公開したっていいはず(基本的に子供が学校に行っている時間であることすら知らず、午後とか夜とか土日とかも業務があると思ってる人は多い)。    少しずつ負担を減らしていくことで、役員の笑顔も少しずつ増えていき、どんな状況下にいる人でも無理なく参加できる「持続可能なPTA」ができていくと思うんですけどねえ。  PTAが消滅しちゃってもいいのなら私も何も言いません。  でも実際、困るんでしょ? 地域のお祭りができなくなるんでしょ? 登下校の見守りをしてくれる人もいなくなるんでしょ?  子どもたちや学校や地域のためにPTAが必要なのであれば、存続可能な状態にしていかないと……。  なんてことを、実際の話し合いの場ではなかなか発言できず(みんなが発言しまくるから)、こういう場にしか吐露することができないのでありました。
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加納朋子「我ら荒野の七重奏」を読んで(PTAだけじゃない、クラブ親の会も……)

 前作「七人の敵がいる」に心を打たれ、元気をもらえたPTA副会長にして学童保護者会会長の私。  こちらももちろん読んでみました。  ヒロイン・山田陽子はバリバリの編集者。 仕事にかまけて一人息子・陽介の進路にまで気が回らない。   ところが陽介が突然、吹奏楽で有名な私立中学に行きたいと言い出し、にわかに受験勉強をするも、不合格。  仕方なく公立中学に進学するが、吹奏楽部ではやりたかったトランペットではなく、ファゴットという聞いたこともない楽器を担当させられ、陽子の怒りが爆発。 職員室に押しかけて顧問の先生にまず一発ぶちかます。  ここで出会った、吹奏楽部親の会の役員・東京子にも、とあることから大迷惑をかけてしまい、すっかり嫌われてしまう。  しかししゅんとしている陽子ではない。 なんてったって吹奏楽部親の会は、ボスママ・江賀さん(女帝エガテリーナ!)が牛耳っている組織。 このままでは女帝の思うがままである。 小学校PTAで培った人脈を駆使し、毒舌家だが陽子の一番の理解者・玉野遥、気が弱いが陽子に心酔している村辺千香、ヤンママだが意外と頭が切れる五十嵐礼子、そして多忙な娘に代わって親の会に所属するおじいちゃん・赤西氏(ゴルビー)を巻き込んで、女帝に宣戦布告。 女帝を失脚させるべく大活躍するのである。  近隣の中学と協力して市民ホールの予約に並ぶ(真夜中も並ぶ! そして陽子は真夜中の担当に……。さらに悪いことにゲリラ豪雨に見舞われるという……。そんなこと本当にあるんかいな、でも実際あるから小説になるんだろうな)、演奏会の引率に四苦八苦、何が何でも全国大会進出!主義の女帝との攻防、などのエピソード一つ一つが強烈で、うちの子にはできれば吹奏楽部には入ってほしくないな、しかし彼は音楽が好きそうだし、地元の公立中学で文化部といえば吹部くらいしかないし……と、困惑しながら読み進めた。  前作に比べ、ギャグが格段に多く、陽子のブルドーザーぶりを形容する「大型台風」「猛獣を通り越して怪獣」「最終兵器投入」「野生の王国」には大笑いした。加えて、女帝エガテリーナに対抗できるのはグラスノスチ・ペレストロイカのゴルビーしかいないと、ゴルバチョフにそっくりの赤西おじいちゃんを役員に抜擢するというくだりも。大笑いしてほっこりして、明日からのPTA活動も頑張ろうと思える、そんな一冊である。 我ら荒野の七重奏 (集英社文庫)
我ら荒野の七重奏 (集英社文庫)
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加納朋子「七人の敵がいる」を読んで

 こちらの小説は、数年前に真琴つばささん主演でドラマ化もされたそうで、私もちょっとは気になっていた気がするのだが、機会がなくて一度も見ることができなかった。  しかしマミさんが演じるにふさわしいと思える、この強気なヒロイン・山田陽子。   いいねー、何も自分の意志を持たずにゆらゆらしてるだけのヒロインじゃなく、のっけから「私はフルタイムで働いているのでPTA役員はできません! そういうのは専業主婦の方の役目なのでは!?」とぶちかまし、ほぼすべてのおかーさんたちを敵に回してしまうのである。  そんな彼女がクラス委員、学童保育の保護者会会長、自治会長、果てはサッカークラブの保護者会会長まで(リアルでは絶対無理である)こなすはめになり、ママたち、義実家、男ども、夫、息子、教員、そしてラスボスたるPTA会長・上条圭子(ドラマでは小林幸子だったそうで、うーん……)との最終決戦!!  「ミス・ブルドーザー」の異名の通り仕事もブルドーザーのごとくこなしまくり、PTAの仕事も、あちこちとぶつかりながらこなしまくり、給食費をくすねようとする会計係の村辺千香をいさめ(千香は陽子に心酔するようになる)、その千香の娘・真理がロリコン教師に迫られている事実を暴いて糾弾。肝っ玉母さん・玉野遥、ヤンママの五十嵐礼子といった面々とともに、猪突猛進に突き進んでいくのである。  リアルではこんなの無理だ。  ボスママには頭を垂れ、自分の役割だけとにかく何事もなく終わればいい……。またはうまいこと逃げおおせればいい……。  そんなママが大半だろう。私もそう。  陽子も役員なんてできない! 6年間逃げまくってやる! だったのにそうはいかず、そうなったらなったで全力でやっちゃう。 やらなくてもいいことまでやっちゃう。 なんだかんだと時間あるんじゃないのか陽子!? と勘ぐってしまうくらい。  できる人の所に業務は押し寄せていく、ってことなのかしら。  PTAおよび学童の保護者会でどんよりしている私に、元気をどっさりくれる小説なのです。七人の敵がいる (集英社文庫)  
七人の敵がいる (集英社文庫)
集英社
2012-03-16
加納 朋子

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posted by つむ at 10:00

PTA役員一年目を終えて……

 もう、あのPTA本部役員選挙から一年が過ぎたのかあ……。  正直なところ、私は働いているし、本部なんて専業主婦の人がやってくれるんじゃないの? と、甘く見ていました(専業主婦の皆さんごめんなさい)。  我が小学校の場合、本部役員を逃れるためには、理事または評議員(つまり各部の部員さん)になることが必要なのですが、その理事選挙さえも、仕事を理由に行きませんでした。  かといって自分が理事に選ばれることもなく、「そんなもんか」と思っていたのですが、これが間違い。 みんな本部になりたくないばかりに、必死で理事または評議員になろうとするので、こちらは立候補者がけっこう多いんですね。 道理で選ばれないわけです。  こうして、子供が3年の時の本部選で見事に選ばれてしまったわけです。  まずいきなり、本当は出なきゃいけないのに仕事で出られない行事が3つくらいあるのに仰天。  私は性格上そういうのは申し訳なくて耐えられず、半泣きになっていたところ、「本当に出ないといけないのは総会だけだから。あとは出られる人でカバーすればいいから。今年は働いている人も多いし」とみんなに慰められたのですが、  「本当に出ないといけないのは総会だけ」なんてことはないのです!!    地域のお祭りだって「本当に出ないといけない」レベルだし、地区別懇談会だって、見守りのお年寄りとの交流会だって、地域パトロールだって、地域安全会議だって、やっぱり「穴をあけるとまずい」行事ではあるわけです。  結構あるじゃないの、本当に出ないといけない行事……  そんなこんなで、4月は結構穴をあけてみんなに迷惑をかけたのですが、私の仕事の方も、ボスが代わって休みが比較的取りやすくなったため、今年はガンガン(ってほどでもなく遠慮しながらですが)休みを取ってPTAに邁進しなければなりません。  2年目は自動的に副会長になるので……。  しかも今年に入って、更なる難関が私を襲ったのでした。  学童保育保護者会の会長に選出されてしまったのです……  今まで、PTA一年目かつ学童の副会長、という人はいましたが、PTA副会長かつ学童の会長というのは、たぶん前人未到の領域です。  一年間発狂せずにやり通せるのだろうか……。  そんな日々をこれから不定期につづっていきたいと思います。  もちろん今までの宝塚ネタ、音楽ネタ、くらしネタも頑張って書きますのでお楽しみに
posted by つむ at 14:48

AERA with Kids特別保存版「2015 小学生からの子育てバイブル」

 小学1年生の段階でこんな本買うのはちょっと早い気もするのだけど、うちの夫が悩んでいるので。  夫が卒業し、このままいくとうちの子も入学することになる、地元の公立中学校は、今はそんなこともないようだけれどかつては県内で3本の指に入る「ワル中」「教育困難校」だったのだという。  とにかく「勉強なんかやって何になるねん」という校風。  よほどひどい成績でなければ誰でも、市内に6つある県立高校に振り分けてもらえるという、受験へのモチベーションを高く持ちようがない制度のせいもあって、よく言えばのんびり、悪く言えば向上心のない環境だったそう。  最近になって、隣市の県立進学校へも入れるようになったため、少しは勉強への意欲も高まってきているようなんだけれど、それでもやはり受験のノウハウという面ではかなり遅れていて、正直なところ先生方も親御さんも、高校受験に関しては手探りというのが現状。  そんな地元の状況に夫は危機感を持っているのだ(ちなみに夫はその中学校でずっと1番、高校は私立進学校に進んだ)。  今のまま手をこまねいていて、その中学校に進み、安きに流れて勉強しなくなってしまったらどうしよう、悪い連中(というのがどの程度存在するのか知らないが)に足を引っ張られたらどうしよう、やはり中学受験するべきでは……という夫の迷いを少しでも解消できればと思い、この本を買ってみた。    わが県には、日本人なら誰でも知っている天下の進学校が存在しているんだけど、そんな所には0歳の段階で幼児教室にでも行ってないと入学できない。 そんな欲張りなことは言わないから、そこそこレベルが高く、そこそこの大学を狙える中学・高校を考えておくべきなのかしらん、と思いながら読み進めてみたが、意外にも、本書は公立中学校を全否定しているわけではないのである。 雑多な人間が集まる中でもまれることも、人格形成に大いに意義があると。  まあ、きれいごとといわれればそれまでだけれど。 だってやっぱり、どーしようもないワルからはなるべく我が子を遠ざけたいと思うのが親心。 すでに今の段階から、「あの地域の幼児は相当ワルいらしい」なんて噂も耳に入ってきている。 正直、我が子の中学校生活が心配になってしまう。  しかし現実、近くに安心して通えるそこそこのレベルのお受験中学がないのもあって、このままいくとやっぱり地元の公立中学かなあ。 となると、とりあえず今の段階から中学~高校~大学に至るまで、勉強というものを嫌いにならない子育て法を身につけておいた方がよさそうだ。  子どもに勉強させたければ、親も勉強すること。 簡単な資格試験でもいい、親が何かしらの目標に向かって頑張って机に向かっている姿を自然に見せていれば、子どもも「勉強って素晴らしいものなのだ」と思うようになるのだ。 という記事には同感した。 我が家も、夫が社会人大学院に通ったり、私がなんだかんだとリビングのテーブルに向かっているせいもあって、子どもも自然とテーブルに向かって勉強したりお絵かきしたりしているから。  ただ、感心しなかった記事は、「中学受験に父親が積極的な場合は要注意。 父親は子どもを追い込んでしまいがちだから。 口は出さずに金を出すというのが父親の理想的な姿」という、とあるカリスマお受験ママの言葉。 子育てに父親ももっと関与すべき、という世の流れに逆行しているなあ。 子どもを追い込んでしまわないような父親の関わり方というのもあるはずなのに。 まだまだ父親の子育てってのは発展途上なんだろうな、この国は。
posted by つむ at 11:54

古田足日「大きい一年生と小さな二年生」

 全然読書というものをせず、国語の成績も悪かったうちの兄のために、母はいろんな本を買って読ませようとしたんだけれど、兄が読むわけもなく、私が代わりに読んだりしていた。  この「大きい一年生と小さな二年生」もその中で印象に残っている一冊。  舞台は1960年代末?(おそらく)の東京郊外。   一年生の中で一番大きいのに、弱虫で泣き虫のまさや。  近所に住む、二年生の中で一番小さいのに、勝気で活発で上級生とも平気でケンカをするあきよ。  あきよの次に小さい二年生で、のんびりおっとりしているまり子。  この三人の小学生の交流と成長を描いた物語。  子どもの頃にもそれなりに感銘を受けたんだけれど、大人になり、それこそ一年生の子を持つ親の立場になって読み返すと、「そうそう、子どもってこういうことするよねー」「まさやのお母さんも必死なんだよな。大きいくせに弱虫のまさやにもどかしさを感じて、つい怒鳴ったりたたいたりしてしまうのもわかる。旦那さんとかお姑さんとかからの圧力もあるだろうし……」とか、完全に親目線で読んでしまう。  怖がりで、家から学校に行く怖い道(当時の東京郊外にはそういう暗くて舗装されてない道もたくさんあったんだろう)もひとりでろくに歩けなかったほどのまさやが、あきよのためにたった一人で遠い神社まで歩いて行き、ホタルブクロの花を両手いっぱいに摘もうとする。  帯には当時の新聞書評も載ってるのだけれど、核家族化が進み、一人では何もできないひ弱な子どもが増えてきていたそうで、そんな子どもたちに勇気を持たせ、現在までロングセラーを続けているんだろうな。  当時の子どもや大人たちのきれいな言葉遣いも今では新鮮である。  うちの子はまだあまりピンと来てないみたいだけれど、そのうち自分から進んで読むようになってくれるとうれしいな。  そう、うちの子もう一年生になったんです。  幼稚園に上がった頃も信じられなかったけれど、一年生となるとますます信じられない。この子がもう小学生なの?って。  まさやのように怖がるでもなく、あきよのようにけんかばかりするでもなく、淡々と楽しそうに学校に通っています。
大きい1年生と 小さな2年生 (創作どうわ傑作選( 1))
偕成社
古田 足日

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posted by つむ at 12:09