「100歳までボケない101のレシピ」

 「100歳までボケないって……。まだ早すぎるんじゃないの?」  とお思いの方もいるかもしれないけれど、ボケないかどうかはともかく、糖尿病、がん、脳卒中などには30代の今から予防策を講じておいた方が良いに決まっている。  それに、実家の母が66歳の現在、高血圧・高血糖・高コレステロール・甲状腺の病気・骨粗鬆症という「5K」の状態で、それでも元気に仕事をしているところがすごいんだけど、やはり私も食生活には気をつけないといけないな、と思ったので(母もきちんとした食生活をしていたんだけど、それでも病気になってしまったので)。  本書にはレシピが101載っているんだけれど、そのうち30くらいを「ミックスジュース」のレシピが占める。  逆に言うと、いろんな野菜や果物、はちみつやヨーグルトなどで作るミックスジュースがいかに免疫力アップや認知症防止に効果的か、を、白澤先生は力説しているのである。  他にも、「野菜の王様はブロッコリー」「魚の王様はサケ」「リンゴなどは皮ごと」「納豆やめかぶなどのヌルヌル食材は有効」などなどの説に基づいた、簡単そうでしかもおいしそうなレシピが満載である。  メインのおかずというよりは付け合わせ的なヴォリュームのものが多く、一回の食事にするには、3品くらい作らなければならないのが大変そうではあるけれど、「良いものを少しずつ」食べたほうが体のためには良いのかもしれない(「丼だけ、麺類だけというのは避けた方が良い」とは白澤先生も言っている)。  スパイスやハーブ、オリーブオイル好きの私にとっては定番になりそうなメニューも多く、少しずつマスターして、健康的な食卓を作っていきたい。
posted by つむ at 14:06

クロワッサン特別編集「こんな生活習慣で、病気にならない」

 以前にも書いたかもしれないが、料理が苦手だ。  ひとつの食材を前に「これをいったいどうしたものか……」と考え込んでしまう方だし、レシピなしにあり合わせの材料で料理を創作することもできない。 料理雑誌を買っても、いまひとつおいしそうじゃない……珍しい調味料を買うのは面倒……などと自分に言い訳ばかりしてしまい、一向にモチベーションが上がらない。  しかし食べなければ死んでしまうわけで。  しかも、より良い物を食べなければ、死期を早めることにつながるわけで。  というわけで、難しいことは抜きにして、手っ取り早く身体に良い物を、身体により良いように料理して食べたい! という私のような者にとって、本書はかなりありがたい。  抗酸化、免疫力向上、記憶力向上、といったテーマで、私でもなんとか頑張れば作れそうな(←ここポイント)料理が豊富に掲載されている。  さっそく、ビタミンC、カルシウム、カリウム、フコイダンがとれるという「子大豆もやしとわかめのトウバンジャン和え」を作ってみた。  なんのことはない、茹でたもやしと戻したわかめを調味料で和えるというだけの一品だが、おいしかったし、なにより「家族がまた一歩健康に近づいた」という達成感を得られるのがうれしい。  他の料理本の写真はいまひとつおいしそうに見えなくて、作る気が起きないものが多いのに比べ、クロワッサンの料理の写真は、器も上品でやぼったくなく、おいしそうに見えるのが良い。  また本書は、40代から始めるべき(いや、本当は30代から始めるべきだろう)筋力をつけ寝たきりを予防するための筋肉トレーニングや、呼吸法、冷え対策などがいろいろ載っている。  子育て真っ最中で、せいぜいスーパーや公園と自宅を往復するだけの日々。 筋力が落ち、姿勢が悪くなっているのが自分でもわかる。  大胸筋が弱いから猫背になる。 内転筋が弱いから内股になる。 腸腰筋が弱いからこれまた姿勢が悪くなる。 とまあ、つっこみどころ満載の私の身体だが、これも料理と並行して、少しずつ改善していきたい。  欲を言えば、病気にならないための心の持ち方(ストレスをためない方法、マイナス方向へ向かう思考をストップさせる方法、嫌なことを受け流す方法etc.)なんかも特集してほしかったところだが、それは次回に期待ということで。
クロワッサン特別編集 新装版・体のツボの大地図帖 (マガジンハウスムック)
マガジンハウス

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posted by つむ at 23:31

「神戸ラブラン チャリティーウォーク」に参加してきました!

昨日、初めてウォーキングのイベント(大会?)に出場してきた。 ユニセフのチャリティーイベントで、神戸の新長田からポートアイランドまで、14kmを5時間以内に歩くというもの。 新長田からポートアイランドがどのくらいの距離かは、神戸に詳しい方ならわかると思うが、まあ、けっこうな距離である。 かれこれ20年くらい何ひとつ運動をやっていない、特にここ数年は子育てで、スーパーやら公園くらいまでしか歩かない生活を送っている、もちろんウォーキングが趣味というわけではない、そんな私がなんでこんなイベントに? まあそれはさておき、いろいろ不安はあったものの、ふたを開けてみれば、さすが神戸だけあって景色も面白いし、あちこちにコンビニやトイレを借りられる所もあるし、ポイントポイントにスタッフさんが立っていてくれるので万が一みんなにはぐれても(みんなといっても参加者は700人もいるのでそうそうはぐれることもないが)道に迷うということはないし、なんといっても昨日だけ奇跡的によく晴れていて(今日はここ兵庫は雪です)うららかな日和の中、大変楽しめた。 思ったより筋肉痛もひどくなくて、またこういったイベントに参加してみたいと思えた。 今年の私のテーマとして、「自分に負荷をかけること」「出来ないと思うよりまずやってみること」というのがある。 今の、家事と育児だけの生活。決して退屈だとは思わないけれど、たるんでるなあと感じることも事実なわけで、何らかの形で自分をいじめてみる、それも社会に少しでも顔を出す、少しでも貢献する形で、ということを考えていた矢先、このイベントに出くわして、速攻申し込んだというわけだ。 昔から私の欠点として、何かやりたいことがあった時に、まず「出来ない理由」を並べたて、「だから出来ない」と諦めてしまうというのがある。 女だから、結婚してるから、子供がいるから、地方に住んでるから、資格がないから、キャリアがないから、お金がないから、時間がないから……言い出したらきりがない「出来ない理由」。 そんな自分が嫌になり、まずやろうと決意して、そこから生じる諸問題はそのあとで解決するということをやってみようと思ったのだ。 まあ、今回のウォーキングなんて日曜日だったし、子供は夫が見ていてくれたし、日が暮れる前に帰れたし、低いハードルだったかもしれない。 今後はもう少しハードルを上げて、少しずつ、社会復帰というと大げさだが、出来ることを増やして自分に自信をつけていきたい。 今回、1ヶ月前から自分なりにトレーニングを積んで、大会に臨んだわけだけれど、まあ驚いたのが、自分の体力のあまりの低下。 中学時代は腹筋も20回はできたのに、現在なんて一回も出来ない。 もともと致命的に体は固いんだけれど、特にふともも、ひざの後ろがものすごく硬くて、いつも膝を曲げて歩いているので全然足が伸びないのだ。 これではダメだと、ピラティスの動きも取り入れつつ、筋トレとストレッチに余念がなかった日々だったのだ。 今回で終わりにせず、トレーニングは今後も続けていきたい。
posted by つむ at 14:11

「アロマのある暮らし」

 わが家には一応、数年前に買ったアロマオイルもどきが3つある。  ラベンダー、ローズマリー、ユーカリ。  「もどき」というのは、純粋なエッセンシャルオイルではなく、エタノールが主成分の、なんちゃってアロマオイルだからである。 したがって価格もちゃんとしたオイルの1/4くらいだった。  そんなんではもちろんだめで、きちんとしたオイルをこれからぼちぼち増やしていこうかなと考え中なのだ。  そこで、入門編のつもりで、この本を読んでみた。  「アロマのある暮らし」  amazonのレビューにあるように、少々古くさい?というか、アロマテラピーを日常的に行っている人なら「何をいまさら」的な、超入門編なんだろうなとは思う。  アロマのアの字も知らない人(私も似たようなものだ)にはぴったりかと。  アロマテラピーには大まかに言って「入浴時に湯船に垂らすなどして香りを楽しむ」「キャリアオイル(オリーブオイルなど)に混ぜてマッサージして、成分を皮膚から体内に取り込む」「お香をたくような要領で、アロマポットに垂らしてロウソクを付け、漂う香りを吸い込む」の3つがあるようだ(ほかにもいろいろある)。  また、重曹水に垂らしていい香り(で、なおかつ抗菌作用もある)のスプレーを作り、掃除や消臭に使用する、というのもあり、これは私は以前からやっていた。  ペパーミントの重曹水を作り、おむつペールに吹き付けていたところ、夫からかなり不評を買い、ラベンダーに変えたというのはここでも書いたような気がする。  あるいは、ローズマリーとアルコールと重曹を混ぜ、消臭スプレーを作って、特に夏場など、キッチンの生ごみに吹き付けたりしている。  そんな私にさらにアロマテラピーにのめりこむきっかけを与えてくれそうな本であることは確かかもしれない。  さっそく、寝付きの悪いわが子にはラベンダーを、資格試験の勉強中の夫にはローズマリーで集中力を、という感じで、生活にさりげなくアロマをとりいれて楽しみつつある今日この頃だ。
アロマのある暮らし―今日からできるアロマセラピー (レディブティックシリーズ no. 2703)
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入門編既にアロマテラ ...
内容が少し古いように ...
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posted by つむ at 11:27

「婦人画報 12月号」

 母が入院した。  「亜急性甲状腺炎」という聞き慣れない病名で。  まあ、それほど大変な病気というほどでもなく、自然に治るものだから対症療法で…みたいなこともネットには載っていたりするくらいのものなのだけれど、それでも病気は病気だし、入院は入院だ。 やはり心配だった。  現在は退院して自宅療養中なんだけれど、もともととにかく無理しちゃう性格の人なので、何もしないで寝ているということがなかなかできないらしく、なんやかやと家の中で動いてしまっている(もちろん外出はまだできないので、買い物関係は全面的に私が引き受けているし、その他の家事もやってまっせ。 そう、現在は赤子を連れて帰省中なのです)。  パートを掛け持ちして、それ以外にもいろいろ趣味があって、毎日何かしら出かけている人で、新聞もろくに読めないくらい忙しかった今までの生活と打って変わって、今は新聞は毎日きちんと読めてるし、少しは他の雑誌や本も読める時間的余裕が出てきたみたいだ。  それでもやはり、毎日のようにお友達が訪ねてきたり、電話がかかってきたり、赤子と遊んだりで、ゆっくり腰を落ち着けて…というわけにはいかないようだけれど。  私が赤子連れで看病に帰省するのも、母にとって負担になるのでは…と懸念していたんだけれど、赤子のトンデモな日々の行動を見ることが母にとっても気晴らしになると言ってくれているのでひとまずホッである。    で、お友達が病院に持ってきてくれたといういくつかの雑誌の中から一冊。  婦人画報だの家庭画報だのなんて、こんな時でもないと読めないもんね…。  私もちゃっかり読ませてもらっている。  私にとってアンチエイジングなんてまだ早いかと思いきや、ほうれい線、頬のたるみ、眉間の神経質そうなしわが定着してしまった額、など、悩みは満載なんである。  そんな私にとりあえず、ほうれい線をなくすためのエクササイズが載っていて、参考になった。  上唇を内側に巻き込んで、口を1cmくらい開けた状態で口角を思いっきりあげる。 その後、唇を思いきりとがらせる。 常に鼻の下の筋肉やほうれい線周辺の筋肉が伸びていることを意識して。  これ、けっこう効果ありです。  慣れないうちは鏡を見ながら、本当に筋肉が伸びているか確認しながら行いましょう。  そんな感じで少し暗い気持ちを引きずった年末の私たち家族ですが、来年はとりあえず母には今のパート仕事のうち、しんどいやつだけでも辞めてもらいたいな。  60代も半ばにさしかかりつつある人なんて、もう、好きなことだけやってればいい年代なんじゃないのでしょうか?  「人のため」とかいって、やりたくない仕事までやる必要、もう、ないんじゃないんでしょうか?  お金のことが気になるのかもしれないけれど、今の生活を少しダウンサイジングして、あとは好きな趣味だけやって、楽しく生きていってもらいたいんだけれどな。
婦人画報 2009年 12月号 [雑誌]
アシェット婦人画報社

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posted by つむ at 23:27

ネイチャーメイド 葉酸 を毎日飲む日々

 あいかわらずパソコンの前に2時間と座ってられない日々が続いているんだけれど、そんなことではブログの更新も滞ってしまうので、がんばって書きます。  といっても今の私の生活は、日々これ「気持ち悪さとの戦い」。  おなかは暴力的にすくのに、食べられるものは限られている。  まず困ってるのが、白米や水を受け付けないこと。「味のしないもの」は気持ち悪くて食べられないのだ。  逆にとことんすっぱいもの(ただし酢はNG)、辛いもの(坦々麺なんかいいっすね)、苦いもの(グレープフルーツとか無糖のヨーグルトとか)はいつでもおいしく食べられる。  今の季節、飲み物に特に困っている。  カフェインは胎児に蓄積されるからあまり良くないということで、コーヒーはNG、紅茶も一日3杯まで(そう制限されるとかえって飲みたくなるんだな)、緑茶や野菜ジュースは気持ち悪くなっちゃうのでNG、水もさっき書いたけど気持ち悪くなるのでだめ、ノンカフェインということで喜んで飲んでた麦茶もだんだん嫌になってきたし(嫌になると気持ち悪くなるので困る)、というわけでホットレモンばかりがぶ飲みしてたら、今度は胃を痛めてしまったらしい(酸味が強いのね)。  てなわけで、重いのを我慢して牛乳を買ってきて(まだ不安定な時期に牛乳を買って歩いて帰るのは拷問である)あっためて飲んでいる。胃にやさしいわ。    幸い、料理をしていて気持ち悪くなるとか、気持ち悪くてスーパーに行けないなどの症状はないので、せっせとスーパー通いして青菜を買い、厚揚げとか(鉄分が豊富らしいですね)卵とか肉とかと炒めて食べている。  青菜はちょいと高いけど、苦いので大好物なのだ。  葉酸も取れるし♪  もちろんこちらのサプリメントも忘れず飲んでます。  葉酸って、なにも妊婦に限らず、認知症予防効果もあるらしいので、老若男女毎日きちんと取った方がいいみたいですよ。 ネイチャーメイド 葉酸200μg (3入り)
posted by つむ at 18:25

ひたすら歩き続けて…盲腸入院日記③

 入院生活。それは、病状によってずいぶんその様相が違ってくるものである。  ご飯が食べられる人、洗濯ができる人、売店に買い物にいける人、お風呂に入れる人にとっては、もちろん病気のつらさはあるにしても比較的充実(?)した生活であるが、ご飯もだめ、エレベーターなんか乗れない、点滴打ってるからお風呂なんかだめ、な者にとってはほとんど苦しいだけで何も気晴らしにならない、味気ない時が過ぎるものなのである。  それでも私はとりあえず、歩けるようになっただけでうれしかった。  ただ、夜は本当に長い。21時30分消灯。傷の痛みと、坐骨の痛みと、熱の苦しみとで、12日の夜はまたも寝苦しいものになってしまった。ラジオといってもそうそう楽しく聞ける番組ばかりじゃない。ラジオばかり聞いていると耳が痛くなる。結局またも、寝たんだか寝なかったんだか分からない、長い長い夜を越えて、13日(水)の朝がやってきた。  朝は6時起床。といっても絶対起きないといけないわけではない。6時30分に看護師さんが熱を測りに来るから、それまでに起きていればいい。そのあと8時の朝食(といっても私は関係ないけど)までは洗顔や着替えなどの時間。2日も風呂に入っていないと自分でも臭う。特に頭皮が痒くてたまらない。点滴をほとんど杖のように使いながらよろよろと病室を出て(言い忘れたけれど、4人部屋が空いていなかったばかりに、有料の2人部屋を一人で使っていたのだ)タオルを熱湯で絞り、頭皮を拭く。  9時ごろに先生がやってくる。今日の昼から「おもゆ」から食事を始めましょうと言ってくれる。よかった。ちょっと不安だけど、待望の食事である。10時ごろに看護師さんが体を拭きに来てくれる。こればかりは本当に看護師さんを尊敬してしまう。体中の本当にありとあらゆる部分を拭いてくれるのだから。  昼食のおもゆも無事食べることができ、おなかが痛むこともなく、夕食はおかゆを食べることができた。 明日でとうとう点滴ともお別れ、というところまできて、ハプニング発生。点滴が底をついたのに気づかずに腕を動かしてしまい、血が逆流してしまったのだ。あわてて看護師さんを呼び、N先生が左腕に点滴を打ち直してくれる。ところが「あれ? あれ? なんかひっかかってる。…すいませんもう一回やります」っておいおい。本当にこの人が私のおなかを切って、中から盲腸を切り取ってくれたのだろうか。看護師さんより点滴が下手なこの人が? いろんな意味で心配になる。  この夜は少し眠れた。  14日(木)。とにかくひたすら歩き続けている。不思議なもので、歩くのをサボると少し傷が痛み出す。そして歩き出してしばらくすると痛みが消えていく。先生が言っていたことは本当だったんだ。なんとも頼りない、かわいらしいN先生だけれど、そこはやはり外科医である。やっぱり先生のことを信用してよかったのだ。  病棟にはデイルームという憩いの部屋があって、お茶を汲んだりテレビを見たりできる。私はお茶をくみにデイルームに行くといっては歩き、トイレに行くといっては歩き、何も用事がなくても歩いた。その結果看護師さんたちにはとても受けが良くなり「どんどん歩いてもらってますね」とお褒めの言葉をいただいた。  この日の午後、思い出深い2人部屋を出て、4人部屋に移ることになる。お金のことが心配だったのでうれしい。4人部屋といっても年配の女性が一人いるだけの部屋だったのでまあ気楽だった。  15時ごろ、上司がお見舞いに来てくれる。私の担当の仕事のことで質問もあった。病室で仕事の話をするのってちょっとビジネスマンみたい♪とアホなことを思う。  この日の夕食からは普通の固さに近いご飯が出る。朝食、昼食は残さず食べられるんだけど、どうも夕食に出る肉類はちょっとまだ無理かな…と、残してしまう。なんと忙しいはずの兄までが見舞いに来てくれる。  そしてついに、何日間も私の杖となってくれた点滴とも、ここでお別れとなる。なんだか戦友と別れるような寂しさ、喪失感がある。これからは一人で歩かなければならない。…といってもほんの先週の土曜日まで、何も考えずに一人ですたすた歩いていたのに、病気というのは気持ちまでも弱らせてしまうもののようだ。   何はともあれ、この夜は入院以来初めてまともにぐっすり眠れた。  6月15日(金)。食事も普通の固さのご飯やパンを食べられるようになり、点滴がなくなったためにやっと、ついに、シャワーを浴びることができるようになる。  かがむと傷が痛む。筋肉が弱っているためか、足元もおぼつかない。翌日に退院することになっていたのに、こんなことで大丈夫なんだろうか。普通の生活に戻れるんだろうか、と心配になる。  冒険のつもりでエレベーターに乗って一階に降り、売店に行ってもみたけれど、いうまでもなくそこにはわれわれ病人だけではなく、健常者の人たちもたくさんいるのだ。急ぎ足で歩く人、声高に話しながら歩く人、ぶつかって転んだらどうしよう。先週まではなんということもなく自分自身もその一員であったはずの「健常者」に対し恐怖を感じる。  そんなこんなでその夜、ものすごく精神的に不安定になる。日常に戻れるのか不安でたまらなくなったのだ。無性に甘いものが食べたくなり、母がくれたキャラメルばかり食べる。下界(?)のものが見たくなり、デイルームに一人で行ってテレビをつけると「ミュージックステーション」にスガシカオが出ている。私が知らない間に「テスティモ」のCMに出ているそうだ。たった数日間に世界は変わっている。  6月16日(土)の17:00に夫に迎えに来てもらう。
posted by つむ at 18:00

早く寝返りが打ちたい! 盲腸入院日記②

6月12日(火)。結局寝たんだか寝なかったんだか分からない一夜を過ごし、疲れきっていた。 30秒に一度「ういーん」という音を立てて両足首が機械によって締め上げられる。一分に一度血圧が測られる。点滴も打たれている。尿管には管が刺さっていて、動くと痛む。荒っぽい看護師がその管を振っていったりすると激痛。そんなこんなで身動きがとれず、寝返りも打てず、長い長い夜を過ごしたのだった。  ところで夫と母は、私の切られた虫垂を見せてもらったらしい。普通鉛筆くらいの太さとされている虫垂だが、私のはウインナーくらいの太さに腫れ上がっていて、色もサラミのような赤黒い色だったという。一目見て「これは切ってもらわないとあかんわ」というしろものである。それにしても家族が見て、持ち主である私が現在に至るまで見てないというのも悲しいものである。  夫は火曜日も休みを取ってくれた。しばらくは母と交代でついていてくれる。いろいろな生活用品も買ったり持ってきたりしてくれる。本当にありがたいことである。こういう時、家族のありがたみがわかるというものだ。  それにしても痛い。あれだけひどかったおなかの痛みはうそのように消えてしまった。本当にうそみたいである。やっぱり盲腸だったんだ。「盲腸」というのをほとんど信用していなかったため、何度も先生に「手術したら本当に治るんですか?」くらいのことを聞いてしまった。悪いことをした。それに代わって、当然のことながら傷の痛みがひどくなり始め、3回目の座薬となる。  寝返りが打てない、寝たきりで何もできないというのが、こんなにつらいとは思わなかった。体を動かせないので本も読めなければラジオも聴けない。仕方がないから腕の毛を抜いてみたり。  「ガスが出ないとご飯が食べられない」というのは聞いていたので、また「ガスが出る出ない」で一騒ぎあるのかなと暗澹たる気持ちになったが、なんとこの朝すぐにガスが出てくれた。やった。点滴ばかりで少々おなかもすいてきた。それよりなにより、いつになったらこのうっとうしい尿の管を抜いてくれるんだろう。これがあるばっかりに身動きが取れないのだ。もう麻酔は抜けた。足も動かせる。だから早く管を抜いてよ! お願いだから管を抜いて! という感じで、イライライライラしながら、看護師さんの足音がすれば「抜きに来てくれたのかな?」と期待し、そうでなければがっかりし、看護師さんが来るたびに「おしっこの管っていつごろ抜いていただけるんですか?」とそれとなく聞き、もうとにかく頭の中がおしっこの管おしっこの管おしっこの管と全面的におしっこの管状態になっていた。気も狂わんばかりに早く抜いてほしかった。早く自由になりたかった。  やっとのことで管を抜いてもらえたのが10時30分ごろ。ほとんどの針がそうであるように、刺す時よりは抜くときの方が痛くない。両足首の機械も取り払ってもらった。血圧計もはずしてもらえた。点滴とはまだしばらくの付き合いである。なにしろまだ何も食べることができないのだから。  それにしてもこんなにも「座りたい」「立ちたい」「歩きたい」と心の底から願ったことはなかったし、こんなにも「座れる」ことをありがたいと思ったことはなかった。当たり前だと思っていたことが当たり前ではないということ。今回の入院生活で知ったことのひとつである。  ベッドになんとかかんとか腰をかけ(もちろん傷が痛む)夫と面と向かって会話できることを、こんなに幸せだと感じたことはない。  さて、身動きが取れるようになれば、N先生も看護師さんも「どんどん歩いてください」と言う。え? どんどん歩けって? この手術したばかりの痛いおなかを抱えて、点滴を引きずってどんどん歩けって言うの? 先生によると、どんどん歩いた方が傷の治りが早くなるのだと言う。だらだら寝てばかりいると周辺組織との癒着もありうると。それは困る。看護師さんにはじめのうちはついてきてもらって、まずはトイレまで歩く。むちゃくちゃ傷が痛い。これが歩けば歩くほど治るっていうの?   かといって寝ていても痛い。傷を下にするのも、上にするのも、仰向けになるのも痛い。なぜ仰向けが痛いかというと、前の晩ずっと仰向けで寝ざるを得なかったため、坐骨の部分が猛烈に痛み出したのである。20歳の頃ここを傷めたことがある私としては、まさに爆弾に火をつけてしまったようなもの。というわけで寝ることも、ずっと座っていることもできず、泳ぎ続けていなければ死んでしまう魚のように、ずっと(ってほどでもないけど)歩き続けることになってしまった。点滴をカラカラ引きずって。
posted by つむ at 17:20

盲腸入院日記①

 6月10日(日)、昼寝から覚めた直後、おなかが痛くなったのがそもそもの始まりだった。  胃がぎゅ~っとしめつけられるような痛み。  こういう痛みは以前にも経験があって、そのときも半日もすれば自然と治ってしまっていたので「今回もそれかな」という感じでわりと気楽に、夕食も食べてお風呂にも入った。痛かったけど。  ところがである。  23時ごろから痛みがひどくなり、というより無性にトイレに行きたくなり、はじめは「下」だけだったのが「上」も苦しくなり始め4回も吐き、夫の「救急車呼ぼうか?」との言葉にうなずいたのだった。  駆けつけた救急車に夫とともに乗り込み、夫が作ってくれた吐き袋の中にまたしても吐き(もうほとんど吐くべきものは胃の中になかった。ただ胃が痙攣するばかり)、市民病院に入った。  すぐ寝かされ、点滴を打たれ、レントゲンやCT検査のため妊娠していないかを確認するべく尿をとるように言われる。しかしもう私の中には水分は一滴も残っていない。「おしっこ出ないんです…」というと、超音波でぐりぐりおなかや下腹部を押さえられる。胃が痛いのにそれははっきり言って拷問である。 結局超音波でも妊娠は確認できず、「このまま痛い痛いってゴロゴロしてても前に進まないから、がんばっておしっこ出しましょう!」と男らしい看護師さんに励まされ、点滴が効いたのもあってやっと尿が出る。  結局妊娠はしていなかった。  ここから車椅子に乗せられ、レントゲン、CTと、痛い腹をこらえながらあちこち検査に回される。「さっきの痛みを10としたら今の痛みは?」「8…」などと看護師さんと会話をしつつ、検査が終わってベッドに寝かされる。痛い。苦しい。痛み止めの注射でも薬でもいいから、どうして今の痛みをとりあえず取り去ってくれないのか? 検査なんかその後でもええやん、と苦しみながら寝ている。そばで夫が心配そうに見てくれている。なんとなく緊張というか、精神的に不安定になっていて、ぶるぶるふるえが止まらない。  ほどなくして、「盲腸の疑いがあるので外科の先生に」ということになり、外科の先生を紹介される。現れたN先生を見て「この人が先生?」と私も夫も思ってしまうほど、外科医というより白ウサギという感じの、若くてかわいらしい女性の先生であった。  ともあれ、車椅子で3階の病棟に運ばれる。とりあえず入院だという。  入院なんて始めてである。  もう深夜2時か3時になっているだろう。夫は疲れて私のかたわらで眠り始める。当たり前だ。本当に心配をかけてしまった。私はといえば痛くて痛くてとても眠れる状態ではない。見回りの看護師さんに「痛いです」と言うと、痛み止めの座薬を入れてくれる。座薬! 座薬なんて大の苦手なんだけれど、このときの私はもう「痛みさえ治まれば何をしてくれてもいい。もうどうにでもして」状態だったので、我慢して受ける。うむむむっ、痛い。でもやはり座薬のおかげで痛みが引いてきて、ほんの少しだけ眠る。  翌日11日(月)。夫が私の職場に電話してくれ、自身も仕事を休んでくれる。入院にあたって必要なタオルや着替えなども何度も家と病院を往復して持ってきてくれる。家が比較的近くてよかった。そして、改めて夫の優しさに感謝した。  でも痛い。2度目の座薬。  N先生がやってきて「CT検査の結果、虫垂のあたりに石のようなものがあり、急性虫垂炎の疑いがある。薬で『散らす』こともできるけれど、再発の可能性がある。どうしても切りたくないというのであれば散らすことも選択肢の中にある。どうしますか?」というようなことを言う。「手術すればもう一生、こういう胃の痛みからは解放されるんですか?」と2回くらい聞いた。とにかくこんな痛みはたくさんだ。この痛みから逃れることができるのであればもう何でもいい。一生苦しまずにすむのであれば切ってもいい。というわけで案外すんなり「手術の方向でお願いします」と答えを出す。  さあ、ここからは話が早い。何しろ手術すると決まれば早くした方がいいわけで、準備が大忙しで始まる。手術は全身麻酔ではなく下半身だけを麻痺させることになり、しばらく寝たきりで動けなくなるので「エコノミークラス症候群」になってしまうのを予防するため、一足3千円もする特殊な靴下を買わされ、そのものすごくきつい靴下をはかされた上に妙な機械を両足につけられる。30秒に一度くらいの割合で、その機械が私の足首を締め上げて緩めるのである。さらにへそゴマを掃除してもらう、下腹部をきれいにしてもらう、極めつけは尿の管を入れられる! これが一番痛かった。おなかそのものの痛みより、術後の傷の痛みより、この痛みがひょっとすると一番つらかったかも。というわけで個人的には手術そのものよりこの「準備」の方がいやだった。手術はもう一度してもいいけど(もちろんしなければそれに越したことないけど)準備はもう二度といやかもしれない。  さあ、いよいよ手術だ。ベッドごと運ばれる。ドラマなんかで見るそのままの状況に自分が置かれていることに恐怖を感じる。なんでこんなことになっちゃったんだろう。おとといまでは本当にごく普通の生活をしてたのに。動くと尿の管が微妙に痛い。手術室に運ばれると、緑色のベルトコンベアー(?)のようなもので別のベッドに寝かされる。背中に麻酔の注射。「こんなものかな」という感じでものすごく痛いというわけではない。程なくして下半身の感覚がなくなってくる。「ここ痛い?」「え、どこですか?」という感じ。手術スタート。  下半身だけの麻酔だが、それでも息が若干苦しくなる。緊張と興奮からまた震えが止まらなくなる。「寒いか?」と麻酔医の先生に聞かれる。自分で必死に深呼吸を続ける。「順調にいってますよ」「今から縫いますからね」「もうすぐですよ」と看護師さんが教えてくれる。右腕に点滴、左腕に血圧計、胸に心電図、広げて固定された両腕が痛くて痛くて、ほんの少しだけだけどくるくると必死で動かし続ける。一分に一回くらいの割合で血圧が測られる。「またか。もうこらえて」という感じ。手術は年配の男性の医師と、N先生と思われる女性の医師の二人で行われているようだ。「はい、終わりました」との声を聞いたのは1時間くらいたってからだった。ほっ。  病室に戻ると、母も来てくれていた。夫と母が心配そうに見守っている。私はといえば手術が終わった安堵感と、二人に対する感謝の気持ちで、安らいだ心境になっていた。両腕がむちゃくちゃだるいのと、尿の管が気持ち悪いのとを除けば。  ありがとう。ごめんね。びっくりしたでしょ?  夫はひとまず帰り、母は遅くまでついていてくれた。私はとろとろと眠りについた。
posted by つむ at 19:48

「香山リカのきょうの不健康」

 鈴木慶一、高橋幸宏、大槻ケンヂ。  言わずと知れた日本ロック界の大御所のお三方が、実はそれぞれ神経症、恐怖症、パニック症候群などの病と戦っていた(いる)。  そんな彼らと、精神科医・香山リカとの対談集。    3つの対談を読んでまず思ったのは、恐怖症や不安神経症になる人というのは、「死」よりもむしろ「生きること」を強く望んでいて、「生きたい」「死にたくない」という思いが強いあまりにこういった病になるのかなということ。  私自身、ごく軽いものではあるが先端恐怖、強迫神経症、単一恐怖(ほかの虫は何てことないのに唯一ゴ**リだけに異様な恐怖心を持つ)といった症状をかかえている。  その恐怖の根本には「不幸にあいたくない」「身近な人を失いたくない」「死にたくない」という強烈な思いがあることも自覚している。  ここで告白してしまうけど、電話を切るとき、必ず相手ではなく自分が「バイバイ」と言って切らないと、不幸が起こるのではとか(相手の「バイバイ」という言葉が、私にとって最後に聞く相手の言葉なんじゃないかとか)、自宅のカギを二つ閉めるとき、必ず「こんにちは、キリンジの堀込泰行です」(ひとつ閉める)「堀込高樹です」(もうひとつを閉める)と、頭の中で唱えてカギを閉めないと安心できなかったりとか、馬鹿馬鹿しいけれどそういう思いにとらわれてしまうと日常生活に支障をきたすのだ。  このあたりはオーケンがいいことを言ってくれている。  「コンサートツアーに出るとき、『このカバンを持って行くと悪いツアーになる』と思ってしまった。  でも『カバンぐらいで悪いツアーになるんじゃしょうがないな』と思い直してそのカバンを持っていった。  そうするととても良いツアーだった。  以来そういう思いにとらわれると『それくらいで不幸が起こるんじゃしょうがないな』と思うようにしている」  私も「自分が最後に『バイバイ』と言わなかったくらいで相手が死んじゃうんじゃ、それはしょうがないな」と思えるようになりたい。    幸宏氏いわく「この世の中で、まともでいられる方が難しい」  香山先生いわく「そうですよ。普通に学校を出て、普通に就職して結婚して、それほど難しいことはないですよ」  そう。どこかでつまずいたり、人知れず恐怖をかかえたり、そういったものがまったくない人、まったくない人生の方が珍しいのであって、慶一氏のように「自分は梅毒なんじゃないか」という不安に30年もとらわれたり(私もちょっとでもどこかが痛くなると『すわ癌か!?』と思ったりしてしまう方)している人の方がむしろ普通なんじゃないだろうかと、ふと安心したり。  ただし文庫版あとがきでは、安易に心の病を語りたがる風潮、安易に同情しあったりふたこと目には「私って鬱っぽいの」などと本当の鬱病でもないのに軽々しく口にする風潮に、香山先生が警鐘を鳴らしている。  この風潮がさらにエスカレートした状態が、香山先生著「仕事中だけ「うつ病」になる人たち」で読むことができる。
香山リカのきょうの不健康 (河出文庫)
河出書房新社
香山 リカ

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posted by つむ at 19:53

「カラダ an・an」を読んで健康になれるかな?

 2年前の春ごろだろうか。  なんとなく左下腹部にわずかな「疼痛」のようなものを感じたのは。  部位が部位だけに、すわ婦人病か!?と、あせって婦人科に飛び込んで診断を受けたんだけど、とりあえずそっち方面の異常はないとのこと。  そのままなんとなく、痛くなったり忘れたりという感じで日々を過ごしてしまったんだけど、最近になってまた痛み出したのだ。  それも、疲れているとき、ずっと座り続けていたとき、ストレスを感じたり忙しいとき、便秘のときなどに限って。  なんだろう…やっぱり病気なのかなあ…と悩んでいて、ふと気づいたのだ。  ひょっとして、体のゆがみから、神経がどこかに触っているんじゃないかと。  私自身、体はゆがんでいるという自覚がある。それも、はっきりと左にゆがんでいる実感がある。  たとえばこうしてパソコンをやっているときなど、ついつい「左前かがみ」になってしまう。つまり左側の下腹部を圧迫しているのだ。右にはめったに傾かない。  バッグも絶対といっていいほど左肩にかけている。右肩には気づいたときにしかかけない。  いすに座るときでさえついつい「いすの上でおばあちゃんずわり」してしまう。いすの上で横ずわりすることさえある。  左の歯でばっかり物を噛んでいる。右ではほとんど噛まない。  これでは体がゆがむこと請け合いである。  現在のいろいろな不調(お通じがよくない、足が冷える、なんとなくだるいなど)も、もしかしたら「体のゆがみ」から来ているのかもしれないのだ。  というわけで、現在は必ず右肩にバッグをかけるようにしている(時々左にもかける)。  そうするとどうも具合がよくないのだ。なんだか歩き方がロボットのようにギクシャクする。  今まで完全に「左が下がっている」状態が当たり前になっていて、いざ右側を下げようとするとうまく歩けないということなのだ。まさかここまで体がゆがんでいようとは。恐ろしくなった。  仕事はほぼデスクワークで、目が悪いこともあってついつい前のめりになった状態で長時間じっとしていることになるわけだけど、せめてもう少し体を起こしてみる、時間を決めてトイレにでも立って、ついでに思い切り体を伸ばしてみる、時には右に体を傾けてみる、といったことを心がけている今日この頃だ。  さらに、ちょっと前に買ってあまり読まずにそのままにしていた、アンアンの特別編集「カラダ an・an」に載っている体操もぼちぼち始めているところ。  ヨガやピラティスといったわりとゆる系のものから、体操なんて生易しいものじゃない、ボクシングやバレエを取り入れたワークアウト、ジョギング、ダイエット、ボディケア、さらにはマクロビオティックなどの食生活、メンタルトレーニングまで、かなり広範囲にわたって、20代のうちからできる健康法が満載なのである。   これ一冊に載っている情報をすべて取り入れれば、もしかしたらとてつもなくヘルシーになれるかも? いや、おそらく無理なので、自分にできそうなものをぼちぼち取り入れるのがいいだろうと思う。  それにしても、体のゆがみは本当にまずい。腰痛に始まって、冷え性、便秘、生理痛など、良いことは一つもない。  みなさんの体、どうですか? どちらかに傾いてはいませんか? anan特別編集 カラダanan
posted by つむ at 19:41