「ムジカ・ピッコリーノ メロトロン号の仲間たち」

 うちの子が第1期からずっと見続けている大好きな子どもむけ音楽番組(Eテレ)、「ムジカピッコリーノ」の、第3期の音源を収録したアルバムが、ついに出ましたよ!
 ……といっても、盛り上がっている母をよそに、肝心の子どもはちょっとテンション低め。
 第3期からキャストががらりと一新し、正直、ちょっと番組としての面白さはダウンしたかな(ストーリーの起伏があまりない、全員のキャラが立っているわけではない、楽曲を紹介するイラストがなくなった、など)と思っていたんだけれど、まさか子どもまでもが「うーん、どっちでもいい。ママが聞きたければ買ったら?」などという反応を示すとは! 
 ま、それでも買ってみたら大喜びで聴いてますけど

 私はといえば、このブログの読者(が何人ほどいるのか不明だけれど)の方はご存じのとおり、ムーンライダーズファンですので、リヒャルト船長こと鈴木慶一氏の歌声にギターにお芝居が存分に楽しめる第3期は毎週とても楽しみだった。
 確かに、ドットーレこと浜野謙太氏がものすごいミュージシャンであり俳優さんであることは第1期・2期でわかりましたけど、やっぱり慶一氏の存在感も捨てがたい。
 そんな慶一氏、アリーナちゃん、エリオット、ポンジョルノさん、ゴーシュにゴンドリー、そして毎回変わる凄腕ゲストミュージシャンの名演がたっぷり(あ、普通にローリー司令官を忘れてたごめん)楽しめるこのアルバム。
 サントラ盤みたいなもので、インストもたくさん収録されていて、正直子どもにはちょっぴり退屈かな……?(大人が仕事や勉強に集中する時のBGMにはいいかも)と思わないでもないが、「I was born to love you」「I want you back」「ジュピター」等の名曲、名演の数々にウキウキ。 もちろんオリジナルナンバー「メロトロン号でパーティー」も入ってます。
 このところ、子どもにどんな音楽を聞かせればいいのか迷っていた面もあるけれど、当面はこのアルバムでしのげそうである。


ムジカ・ピッコリーノ メロトロン号の仲間たち
日本コロムビア
2015-11-25
ムジカ・ピッコリーノ メロトロン号の仲間たち

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ムジカ・ピッコリーノ メロトロン号の仲間たち の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


宝塚歌劇団星組公演「ガイズ&ドールズ」

 9/13、行ってきました!
 大地真央・黒木瞳コンビ、紫吹淳・映美くららコンビに次ぐ再演なので、ご存じの方も多いでしょうが、ざっとストーリーを。
1948年ごろのニューヨークが舞台。
 ギャンブラー、スカイ・マスターソン(北翔海莉)は、クラップ・シューター、ネイサン・デトロイト(紅ゆずる)と賭けをすることになる。 ネイサンが指名したお堅い伝道女、サラ・ブラウン(妃海風)を口説くことができるか否か。
 サラが勤める教団は成果が上がらず、閉鎖を迫られていた。 そんなサラにスカイは、ディナーを共にしてくれるなら、教団に罪人どもを一ダース集めると約束する。
 一方、ネイサンには、14年来の婚約者で人気ダンサーのアデレイド(礼真琴)がいたが、なかなかギャンブルから足を洗わないネイサンにアデレイドはやきもきしていた。
 スカイはサラをハバナに連れ出し、ディナーを共にすることに成功する。お堅いサラも開放的なハバナの雰囲気にすっかりご機嫌になり、泥酔して乱痴気騒ぎ。 それでも自分にすっかり心を許した様子のサラを愛しく思うようになるスカイ。
 ニューヨークに戻ったサラは、こともあろうに教団内でギャンブラーたちがギャンブルをしていたことに愕然とし、スカイが自分を騙したのだと誤解してしまう。 サラを愛し始めたスカイは、勝てばギャンブラーどもを全員深夜ミサに出席させる、負ければ全員に1000ドルずつ支払うという一世一代の賭けに乗ることになる。 果たして、運命の女神は……?

 実は私は、リカさん(紫吹)、くららちゃんのヴァージョンを生で見ている。 しかしとんでもなく遠い席だったため、何をしているのかまったく見えず、かといってオペラグラス越しだとなんだかテレビを見ているみたいで興ざめ。 当時ヅカにそれほど詳しくなかったこともあって、とりあえず主要キャストがどの人か、だけしか認識できずに終わったものだった。
 しかしそれから13年。 リカさんもくららちゃんもタニ(大和悠河)も、きりやん(霧矢大夢)も退団し、大活躍中の今、なんとみっちゃん(北翔)主演のガイズを見ることができるとは! オープニングからうるうるでした。
 みっちゃん、ふうちゃん(妃海)ともに三拍子そろった実力者で、なんにも心配せず見ることが出来た。
 紅を見るのはこれで4回目なんだけど、恋人に裏切られて自殺したり、すごい悪役だったり、ちえちゃん(柚希礼音)を殺しちゃったりと、暗い役どころばかり見てきたので、今回のどこかコミカルな役にはスッキリした。 この人本来の面白さが随所に表れていて、客席も笑いの渦。 シャープなルックスから悪役が多くなるのかもしれないが、むしろコメディーでこそ見たい人である。 スターとして一段と大きくなっていて、今すぐにでも一番大きな羽を背負えるところまで来ている。
 アデレイドは、きりやんのインパクトが大きすぎて、ことちゃん(礼)はどんな感じなんだろうといちばん興味深かったんだけれど、かわいい!! 14年も結婚お預けを食らっている妙齢のいい女というより、女の子の可愛らしさの方が勝っているアデレイドだったけれど、それもまたよし。可愛すぎて、普段の男役だとどんな感じなんだろうと不思議な気がする(これまでにも少年役とかしか見たことないのである)。
 また、星組といえば忘れちゃいけない、私の現時点での最愛のジェンヌ・みっきぃちゃん(天寿光希)! 今まではその他大勢的な役が多かったが、今回はサラの後見人、つまりお父さん的役どころで、目立っていてほっとした。 やはりこれほどまでに美しくて何でもこなせるジェンヌさん、これからも大事にしてあげてほしいものだ。
 それにしても、みっちゃんがトップに……。 なんだか感慨深くて、思わずキャトルレーブにて、「歌劇」8月号を買い求めてしまった。
 
 今回は3時公演を見に行ったので、少し時間があり、劇場内のカフェテリア「フルール」にてランチを食べてみました。
 からあげ定食を食べながら、劇場内をそぞろ歩く観客さんたちを眺めるのも楽し。 これから素敵なものを見るのよ、というテンションが静かに上がって来るのを感じます。
 劇場内の飲食店では、喫茶「ラ・ロンド」もお気に入りなんです。 あまり混んでなくて、お茶しながらゆっくりプログラムなんぞを見ることができますよ。

画像

中山可穂「男役」

 ぼーっとしていてもこんな小説を見つけてしまうなんて、私のヅカアンテナもここに極まれり、といったところかしら
 ストーリーを簡単に(ネタばれ注意!)
 ※はじめにお断りしておきますが、この小説は宝塚歌劇団という実在の劇団を舞台にしていますが、まったくのフィクションで、実際の人物・事件等とは何の関係もありません。

 宝塚歌劇団研究科3年(研3)にして新人公演主演に抜擢された男役、ナッツこと永遠ひかる。
 しかも本役(つまりトップスター)は憧れのパッパさんこと如月すみれ。 さらにそのパッパさんのサヨナラ公演ということもあり、ひかるは光栄ながらも緊張と苦悩の日々を送っていた。
 演目「セビリアの赤い月」は、50年ほど前に「黒薔薇のプリンス」とまで称された人気男役トップスター・ファンファンこと扇乙矢、および娘役トップ・チャメこと神無月れいのお披露目公演であった。 しかし不幸なことに開演わずか2日目にして、ファンファンが舞台上の事故で死亡。 チャメはショックのあまり休演し、そのままひっそりと退団してしまった。 さらには演出家の卯山拳までもが早世してしまう。 以来、再演のたびにケガや事故が起こる「呪われた演目」として恐れられる一方、ファンファンは生徒たちのピンチを救ったりアドバイスを与えたりする「宝塚の守り神」として「ファントムさん」と称され崇められることとなる。 ファントムさんに目をかけてもらった生徒は必ずスターになると。 
 パッパさんには新人の頃からファントムさんの姿が見え、会話もできるのだが、ある時ひかるにもファントムさんの声が聞こえるようになる。 しかしそれには理由があった。 ひかるの大好きな父方の祖母、なぜかひかるの宝塚受験をかたくなに反対し、入団してからもただの一度も見に来てくれたことのない祖母こそ、チャメその人なのである。 チャメのことを50年もの間ずっと劇団で待ち続けていたというファントムさんになんとか祖母を会わせたいと、ひかるは家族を巻き込んで祖母の説得に当たる。 チャメは認知症を患っていたのだが、奇跡的に自力で宝塚大劇場にたどりつき、孫娘が熱演する新人公演の客席で、かつての相手役・ファントムさんとの再会を果たすが……。

 作者の中山可穂さんは少女時代からのヅカファンで、宝塚歌劇団の演出家を志望していた時期もあるそうで、スターをめざして邁進する若手ジェンヌたちのひたむきさ、下級生に主役を奪われても腐らず下級生を励ます上級生たちなどの描写は的確である。
 しかし、視点がひかる、すみれ、ひかるの叔父など動いてしまって定まらない(ひかるが主人公だと思ってたら、なぜかすみれの視点で終了とか)、「役不足」という言葉を間違って使っているなど、ちょっと小説として残念な点もあった。
 また、すみれがトップになるのと引き換えにファントムさんに譲り渡したものは何なのか、とか、ひかると上級生・花瀬レオとの仲間愛を超えたちょっと危ない関係(? なのかな?)の顛末とか、あえて書かれていないものも多くあり、これはもしや続編を出す気満々なのでは、と期待も残る。(すみれはもしかしたら、トップになるために恋人と子供を捨てたのだろうか……?)
 全体にヅカファンなら楽しく読める小説となっているが、宝塚独自の用語がほとんど解説もなしにそのまま載っているので、ファン以外には「?」の部分もあるかもしれない。 お近くのヅカファンをつかまえて一緒に読むようにして下さいw
 私の勝手な妄想だと、ひかるは宙組の和希そらみたいな、現代的でやや線の細い感じの子を想像する。 すみれはかつての真矢みきみたいな感じかな。 ほかに花瀬レオは、二番手男役の笹にしきは、新人公演ヒロインの夢ぴりかは(それにしてもこのあたりの芸名はもっと何とかならなかったのか。米じゃないんだから)……などと妄想キャストを考えてみるのも楽しい。


男役
KADOKAWA/角川書店
中山 可穂

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 男役 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


AERA with Kids特別保存版「2015 小学生からの子育てバイブル」

 小学1年生の段階でこんな本買うのはちょっと早い気もするのだけど、うちの夫が悩んでいるので。
 夫が卒業し、このままいくとうちの子も入学することになる、地元の公立中学校は、今はそんなこともないようだけれどかつては県内で3本の指に入る「ワル中」「教育困難校」だったのだという。
 とにかく「勉強なんかやって何になるねん」という校風。
 よほどひどい成績でなければ誰でも、市内に6つある県立高校に振り分けてもらえるという、受験へのモチベーションを高く持ちようがない制度のせいもあって、よく言えばのんびり、悪く言えば向上心のない環境だったそう。
 最近になって、隣市の県立進学校へも入れるようになったため、少しは勉強への意欲も高まってきているようなんだけれど、それでもやはり受験のノウハウという面ではかなり遅れていて、正直なところ先生方も親御さんも、高校受験に関しては手探りというのが現状。
 そんな地元の状況に夫は危機感を持っているのだ(ちなみに夫はその中学校でずっと1番、高校は私立進学校に進んだ)。
 今のまま手をこまねいていて、その中学校に進み、安きに流れて勉強しなくなってしまったらどうしよう、悪い連中(というのがどの程度存在するのか知らないが)に足を引っ張られたらどうしよう、やはり中学受験するべきでは……という夫の迷いを少しでも解消できればと思い、この本を買ってみた。
 
 わが県には、日本人なら誰でも知っている天下の進学校が存在しているんだけど、そんな所には0歳の段階で幼児教室にでも行ってないと入学できない。 そんな欲張りなことは言わないから、そこそこレベルが高く、そこそこの大学を狙える中学・高校を考えておくべきなのかしらん、と思いながら読み進めてみたが、意外にも、本書は公立中学校を全否定しているわけではないのである。 雑多な人間が集まる中でもまれることも、人格形成に大いに意義があると。
 まあ、きれいごとといわれればそれまでだけれど。 だってやっぱり、どーしようもないワルからはなるべく我が子を遠ざけたいと思うのが親心。 すでに今の段階から、「あの地域の幼児は相当ワルいらしい」なんて噂も耳に入ってきている。 正直、我が子の中学校生活が心配になってしまう。
 しかし現実、近くに安心して通えるそこそこのレベルのお受験中学がないのもあって、このままいくとやっぱり地元の公立中学かなあ。 となると、とりあえず今の段階から中学~高校~大学に至るまで、勉強というものを嫌いにならない子育て法を身につけておいた方がよさそうだ。
 子どもに勉強させたければ、親も勉強すること。 簡単な資格試験でもいい、親が何かしらの目標に向かって頑張って机に向かっている姿を自然に見せていれば、子どもも「勉強って素晴らしいものなのだ」と思うようになるのだ。 という記事には同感した。 我が家も、夫が社会人大学院に通ったり、私がなんだかんだとリビングのテーブルに向かっているせいもあって、子どもも自然とテーブルに向かって勉強したりお絵かきしたりしているから。
 ただ、感心しなかった記事は、「中学受験に父親が積極的な場合は要注意。 父親は子どもを追い込んでしまいがちだから。 口は出さずに金を出すというのが父親の理想的な姿」という、とあるカリスマお受験ママの言葉。 子育てに父親ももっと関与すべき、という世の流れに逆行しているなあ。 子どもを追い込んでしまわないような父親の関わり方というのもあるはずなのに。 まだまだ父親の子育てってのは発展途上なんだろうな、この国は。




「ヅカメン!お父ちゃんたちの宝塚」

 実は、中学からの友人のお兄さんが、宝塚歌劇団にお勤めなのだが、「えーーーーっ!!!」と驚嘆と羨望の声をあげた私と対照的に、タカラヅカにまったく興味がない当の友人はクールなもので、一度宝塚を見には行ったものの、「良かったけど、高いおカネを出してまで何度も行きたいというほどでは……」と、くーっ、あんたヅカファンだったら喉から手が出るほど行きたい公演をみておいてその感想かい、と、私に地団太を踏ませたものである。
 そんな友人に読ませてあげたい(もうお兄さん経由で読んでるかもしれないけど)本書。
 著者の宮津大蔵さんという方は児童向けミステリーなどを書いてきた人で、一般書はこれが初めてとのことだが、おもしろい。 ぐいぐい読ませる。
 宝塚歌劇団月組を主な舞台としているが、あくまでフィクション、登場人物はまったくの架空の人物である。
 月組の生徒監(組の団員達の世話をしたり、全国ツアー公演などの引率をしたりする、人格に優れた年配男性が勤める役職。通称:お父ちゃん)の多々良。
 吃音に悩む娘・万里子の宝塚音楽学校合格を応援する、酒屋を営む荒木。
 万里子のライバル・美雪の兄で、自らも俳優を志す石川。
 やがて男役スターになった万里子と美雪、ではなく、「マリコさんとミユキさん」を慕い、装置作りに情熱を燃やす、大道具の原口。
 そして、ベテランダンサー・サンバの肩叩きをどう切り出そうか悩む、プロデューサーの鍋島。
 華やかなタカラジェンヌ達を応援し、支える男たちの群像劇となっている。
 全員、宝塚には興味がない、むしろ偏見を持っているところから始まっている。
 それが、自分がひょんなことから宝塚に関わることになり、のめりこんでいき、魅力のとりことなり、タカラジェンヌ達を心から賛美するようになるのである。
 特に、お父ちゃんこと多々良と、新米プロデューサー・鍋島のくだりがおもしろい。 もともと阪急電鉄の上司と部下だった二人が、立場が逆転してもやはりかつての上下関係が抜けきれず、鍋島は仕事で迷うたびに多々良に教えを請い、多々良はお父ちゃんの如く優しく教え諭すのである。 赤提灯で飲んでは英気を養う二人の関係性がほのぼのする。 そう、タカラヅカの社員さんとて普通のおっちゃん(失礼)である。
 タカラヅカに出会う前の彼らのようにタカラヅカにわけもなく偏見を持っている人、「女ばかりでちゃらちゃら学芸会みたいなのやってるんじゃないの」などと思っている方にも読んでほしい。 タカラヅカは女性たちの、そして男性たちの本気の仕事場なのである。


ヅカメン! お父ちゃんたちの宝塚
廣済堂出版
宮津 大蔵

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ヅカメン! お父ちゃんたちの宝塚 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


水村美苗「母の遺産」

 我が家は今、事情があって新聞を取っていないんだけれど、読売新聞を取っていた頃、毎週土曜日に連載されていたこの小説を、読むともなく読んでいて、単行本になればまたじっくりと読んでみたいと思っていた。
 主人公は、50代の奈津紀・美津紀の姉妹(主に美津紀)。
 体調不良や夫の浮気(それも今回は本気らしい)や多忙な仕事をかかえる二人はただでさえ大変。
 そこへ、最大のお荷物である母・紀子(超がつくわがまま放題の母親である)の入院である。
 幼い頃から振り回され、奈津紀は過剰に甘やかされ美津紀は放っておかれ、庶子であった母の名状しがたい見果てぬ分不相応な夢に付き合わされ、略奪してまで結婚したはずの父を放って別の男と浮気している母に代わって父の看病と看取りを済ませ……きわめつけが、骨折して入院し急速に呆けていった母(それでもわがままは忘れない)が誤嚥性肺炎で死ぬのを見届けること。
 「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」
 浮気して父の見舞いにろくに来なかった母に、「死んでほしい」と初めて願った日から何年も経ち、今では母の見舞いに疲れ果てた姉妹は、この言葉を何度も心の中でつぶやきながら、それでも母を見捨てることはしない。 
 心は最後まで許さないながら、娘として最低限の義務を果たし、母を見送った美津紀は、浮気中である夫との関係を見つめ直すべく、ひとり箱根へと旅立つ。 
 
 私も事情があってこの一年、週末に介護老人保健施設へ通う日々なので、新聞連載時よりもはるかに実感を持って、老いた方々を見ることができている。
 大半がおとなしい方々で、施設内も常におだやかな空気が流れているけれども、こんな紀子のような老婆が一人でもいたらたまったものではないだろうなと思うほど、認知症になってなおわがまま放題、若い頃の夢を追い続ける母・紀子の描写は壮絶である。
 祖父が芸者であった祖母に産ませた私生児、という不幸な生い立ちに同情できないほど、使える手段はすべて使い、周囲に媚びへつらいまくって、どうにか「お嬢さま」と呼ばれるような地位を勝ち得た母。 
 そんな強烈な人格の母に振り回され、自分の人生としっかり向き合えないままばたばたと生きてきてしまった美津紀は、母の死後、夫と別れてひとりで生きていくことを決意する。 
 そこへ東日本大震災――。 
 不幸だ不幸だ、不幸の糸がねばねばと取りついて離れないと、己の人生を嘆いていた美津紀は、自分は幸せだ、とここで初めて実感する。 
 そして長年許すことができなかった母のことも、すでに許している自分に気づくのである。
 
 タイトルにある「母の遺産」とは、ただ単に母の思いがけないほど多額の遺産を意味するのではなく、死ぬこと、生きること、許すこと、強くなること、魂の憧れ立つままに何かを求め続けることを体現した母の姿、でもあるのかもしれない。 
 まあ、何かを求め続けるあまり周囲を疲弊させるのはいけませんけど。 
 
 新聞連載時は、挿絵がなんとも言いようがないほど不気味で、物語の世界に非常に合っていた。
 ひとつでいいから挿絵も掲載してほしかったな。


母の遺産―新聞小説
中央公論新社
水村 美苗

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 母の遺産―新聞小説 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


古田足日「大きい一年生と小さな二年生」

 全然読書というものをせず、国語の成績も悪かったうちの兄のために、母はいろんな本を買って読ませようとしたんだけれど、兄が読むわけもなく、私が代わりに読んだりしていた。
 この「大きい一年生と小さな二年生」もその中で印象に残っている一冊。
 舞台は1960年代末?(おそらく)の東京郊外。 
 一年生の中で一番大きいのに、弱虫で泣き虫のまさや。
 近所に住む、二年生の中で一番小さいのに、勝気で活発で上級生とも平気でケンカをするあきよ。
 あきよの次に小さい二年生で、のんびりおっとりしているまり子。
 この三人の小学生の交流と成長を描いた物語。
 子どもの頃にもそれなりに感銘を受けたんだけれど、大人になり、それこそ一年生の子を持つ親の立場になって読み返すと、「そうそう、子どもってこういうことするよねー」「まさやのお母さんも必死なんだよな。大きいくせに弱虫のまさやにもどかしさを感じて、つい怒鳴ったりたたいたりしてしまうのもわかる。旦那さんとかお姑さんとかからの圧力もあるだろうし……」とか、完全に親目線で読んでしまう。
 怖がりで、家から学校に行く怖い道(当時の東京郊外にはそういう暗くて舗装されてない道もたくさんあったんだろう)もひとりでろくに歩けなかったほどのまさやが、あきよのためにたった一人で遠い神社まで歩いて行き、ホタルブクロの花を両手いっぱいに摘もうとする。
 帯には当時の新聞書評も載ってるのだけれど、核家族化が進み、一人では何もできないひ弱な子どもが増えてきていたそうで、そんな子どもたちに勇気を持たせ、現在までロングセラーを続けているんだろうな。
 当時の子どもや大人たちのきれいな言葉遣いも今では新鮮である。
 うちの子はまだあまりピンと来てないみたいだけれど、そのうち自分から進んで読むようになってくれるとうれしいな。

 そう、うちの子もう一年生になったんです。
 幼稚園に上がった頃も信じられなかったけれど、一年生となるとますます信じられない。この子がもう小学生なの?って。
 まさやのように怖がるでもなく、あきよのようにけんかばかりするでもなく、淡々と楽しそうに学校に通っています。


大きい1年生と 小さな2年生 (創作どうわ傑作選( 1))
偕成社
古田 足日

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 大きい1年生と 小さな2年生 (創作どうわ傑作選( 1)) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル