河合香織「帰りたくない 少女沖縄連れ去り事件」(2)

 (前記事からの続きです)
 愛情が薄い両親に育てられ、中学時代から男と遊び歩くようになった紗恵(めぐの母)はやがてめぐを身ごもるが、相手の男は冷酷な男で紗恵をラブホテルに置き去りにして姿を消す。仕方なくめぐを出産するが、まったく育児をする気がない紗恵はめぐを実家に置いて出奔する。各地を転々とし、風俗業などで生計を立てるも、精神を病み、明日への希望が持てない日々を生きている。かといってめぐと母親として向き合う気はまったくない。河合さんに対して繰り返すのは「父は私よりめぐちゃんの方が可愛いんです」(実の娘を「ちゃん」で呼ぶあたり、紗恵とめぐの距離がよくわかる)。紗恵が本当に欲しいものは安定した生活や子どもと生きていく幸せではないようだ。ただ自分の親にひたすら愛されたい、可愛がられたい、自分が望むだけの愛情を注いでほしい。望んでも得られない親からの愛を求めるという連鎖が紗恵・めぐ親子間で起こっていた。
 文庫版には後日談がある。紗恵の父はめぐが高校生になった時に急死し、葬儀で紗恵とめぐは10年ぶりくらいに顔を合わせる。しかし精神療養施設からやっとのことで駆けつけてきた紗恵は変わり果てており、めぐは思わず「こんなお母さんに会いたくなかった」とつぶやく。ごく普通の幸せを求めていただけだったごく普通の女性は、いくつかの不幸や不運が重なった末に、人間として崩壊していた。

 そして後日談によるとめぐも、高校を中退するなど問題を起こした末、とうとう持て余した祖母によって施設に入れられる。せいせいしたような祖母の態度、「めぐちゃんはもうここにはいませんよ」という施設の職員のあまりにさばさばした対応(めぐが飛び出したのか、別の施設に移されたのかは不明だが、施設内でもかなり手を焼かせていたことが伺える)。誰からも大切に扱われない少女がその後どのような人生をたどったのか、明るい展望は描けそうにない。
 
 そんなめぐをたった一人だけ、大切に思い、心底から心配し、愛したのが山田だったのだ。
 めぐには生後すぐに手術を受けた傷跡があり、その傷跡のせいで誰からも愛されず、モデルになるという夢もかなわないのではないかと気に病んでいた。そんなめぐに山田はひとことこう言った。
 「その傷のおかげで君は生きているんだよ」
 めぐの存在を肯定する言葉を発してくれたのは、それまでの10年の人生で山田ただ一人だった。
 近所に住む冴えない派遣労働者。二度の離婚歴がある中年男。その上幼女愛好趣味もあり、めぐに対しても欲望を抑えることができなかった卑劣な男。それでもめぐが彼と行動を共にし、新天地へと旅立っていった理由がここにあるのか。

 実際に起こった事件であり、犯罪であり、決してロマンティックに語るべきではない事例である。河合さんの筆致も冷静で決して感情に走ったりはしない。
 それなのになぜだか、悲しい小説を読んだかのような、または一篇の映画を見たかのような読後感が残り、読み終わってからもしばらくぐるぐると考えてしまうのだ。
 誰がどうすればよかったのか。何がどうであれば彼らは幸せになれたのか。捕まらないまま沖縄で「山田敏明・めぐ親子」として生きていく未来がもしあったならば。沖縄で二人が見た空はどんな色だったろうか。

 裁判では弁護側の努力もむなしく、また山田によるめぐへの性的行為の自白もあり、単なる幼女愛好者による連れ回し・誘拐事件として扱われ、それでいて山田への矯正プログラムは課せられずに終わった。
 山田を収監して終わらせるだけでは見えてこないものがたくさんある。めぐの家族による虐待はあったのか。あったとしたら彼らは裁かれないのか。山田と出会う以前にめぐに性的行為を働いていた近所の男はなぜ裁かれないのか。山田の代わりに誰が本気になってめぐを守るのか。事件が繰り返されないために、社会に、地域に、何が必要なのか――。
 
 1994年生まれのめぐは26歳。元気なら今どこで何をして生きているのか。コロナ禍が影響を及ぼしていないか。紗恵が心配するように売春などに身を落としていないだろうか。
 2017年時点での山田を河合さんが再び取材した記事がある(ネットで検索すると出てくる)が、残念ながらかなり悲惨な暮らしをしており、しかも再犯を予告するかのような発言をしている。
 山田は、めぐは、私たちの近くにもいるかもしれない。
 帰りたくない―少女沖縄連れ去り事件―(新潮文庫)
帰りたくない―少女沖縄連れ去り事件―(新潮文庫)

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