私と音楽―レコード編―

 もし日本の電力が30%カットされると、1980年くらいの水準に戻ることになるのだとどこかで聞いた。
 つまりパソコンなし、コンビニもそんなになし、ビデオなし、音楽聴くならごっついステレオまたはダビングできないラジカセ、頑張ってもウォークマンどまり……。 だった頃の電力しかないということ。

 私が音楽を聴き始めたのはまさにそんな頃、家には父親のものごっついステレオ(ラジオとレコードしか聴けない)が堂々と鎮座ましましていた。
 1983年の夏、10歳年上の従兄がくれたボロいラジカセと、当時のアイドル(堀ちえみとか中森明菜とか)が入ったカセットを、兄と二人で何度も聴いていた。

 1984年になり、チェッカーズが大ブレイク。 小学4年生だった私もとりこになり、ファーストアルバム「絶対チェッカーズ」がほしくて仕方なかったものの、2,800円ということは、当時の私のお小遣いからすると、7か月間何も買わずに貯め続けなければならない。 それでも一生懸命貯金する私を不憫に思ったのか、父が誕生日に買ってくれたのだった。
 その後もぼちぼちとアルバムや12インチシングル(これがどういうものかわかる人は歳がばれる)やらを買ってはカセットにダビングしたりしていた。 父がカセットだけしか聴けないデッキを購入し、ステレオに接続していたのだ。

 父の教えとして「レコードは割れる前にちゃんとカセットにコピーしとけ」というのがあり、しかし小学生の私にはTDK-ARとかADとかそういう「音楽向け」のカセットを買うお金はなく、「音楽にはやや不向き」と書いてあるTDK-DSというカセットを仕方なく買い、確かに音は良くなかったかもしれないが、宝物のように大事に聴いていた覚えがある。
 もちろん、そのごつくてオンボロのステレオで必死にラジオ大阪を入れて、「あぶない!チェッカーズ」という番組を毎週楽しみに聴いていたりもした。

 そのうち、当時サンテレビでやっていた(もともとは横浜のローカル番組だった)「ミュージックトマト」という番組をみるようになり、「世の中にはチェッカーズだけじゃなく、いろんなかっこいいアーティストがいるんだ!」と衝撃を受けたものだ。
 米米クラブ、BOOWY、バービーボーイズ、ストリートスライダーズ、レベッカ、TMネットワーク、etcetc……今でこそ「おおっ!!」という感じの大御所ばかりだが、当時は海のものとも山のものとも…というような若手バンドだったのだ。
 一緒に見ていた兄はそういうメジャーな人々にばかり注目していたが、私はなぜか、セールス的には大成功とはいかなかったかもしれないがイカシタ(←死語ごめん)アーティストについつい目が行ってしまっていた。
 ポータブルロック、中川勝彦、早瀬優香子、PINK、くじら、パール兄弟、ZELDA、、、、、、
 そういう嗜好が現在の私を形づくっているのは事実だと思う。

 そんな感じで中学校に入り、CD時代、そしてバンドブーム時代へと突入する中、……さてこの続きはまた今度(読んでくれる人がいればの話だが)。
絶対チェッカーズ - チェッカーズ
絶対チェッカーズ - チェッカーズ

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