角田光代「対岸の彼女」

 専業主婦の田村小夜子。
 学生時代からなかなか友人ができず、3歳の娘のあかりもよその子たちになじめない。
 閉塞した状況を打破するためには、自分が働きに出なければ――と就職活動の末、とある掃除代行会社に採用される。
 女性社長の楢橋葵は偶然にも大学の同窓生で、同い年の独身。
 立場も、持っているものも持っていないものも違う二人の女性の間には、それでも反対側から同じ丘を上っているかのような、友情にも似た結束が生まれつつあった。
 しかし葵には秘密の過去があった。
 いじめられて引っ越した先の高校のクラスメート・野口魚子(ナナコ)と逃亡し、マンションから飛び降り――女子高生心中未遂事件として騒がれたこの事件に、当時の小夜子も我がことのように興味を持っていた。
 人間関係をうまく築けないまま大人になった二人の女性。 果たして私たちは何のために大人になるのか。 大人になれば、本当に大切な人を間違うことなく選べて、行きたい所に足をまっすぐ踏み出せるのか。 それとも大人になるのは、仕事だ家庭だと言い訳をして人間関係の煩わしさから逃げ出してドアをばたんと閉じるためなのか?
 すれ違った二人の女性の心が再び通じ合うことは二度とないのだろうか。 葵とナナコが二度と会っていないように……?

 小夜子が働きに出ることに理解がない上微妙にマザコンな夫・修二や、子どもを保育園に預けるのはかわいそうだの二人目はまだかだの嫌味を言う修二の母や、幼稚園近くのレストランに毎日集まっては保育園ママを非難する幼稚園ママたちといった人々の描写はややステレオタイプである。
 それ以上にステレオタイプなのは、出版当時の宣伝文句にあったという「専業主婦と独身女の友情は成立するのか?」的なあおり方。
 私も実はそういう内容の小説を期待して読み始めたのだが、非常に気持ち良く裏切られた。
 勝ち組と負け組の葛藤とかそういうのではない。 もっと深く根元的な、なぜ人間同士はこうも、胸苦しくなるほど分かり合えないのか、ということ。
 立場が少しでも違えば、目に見えるものが少しでも違ってくれば、少しずつ確実にすれ違っていってしまう心。
 とりあえず仕事に逃げることのできる大多数の男性には理解しづらいであろう、女性同士の微妙な心の行き違い。 わだかまり。 一ミリでもずれると相手を許せなくなってしまう、女性独特(なのかな?)の心理。

一度は葵の会社を辞めた小夜子は、再び葵の事務所兼自宅を訪れる。
 「なぜ私たちは年齢を重ねるのか。生活に逃げ込んでドアを閉めるためじゃない、また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。選んだ場所に自分の足で歩いていくためだ」
 小夜子と葵はこれからも、立場や考え方の違いからぶつかり合い、再び決別してしまうことになるのかもしれない。 けれども、出会わなかったよりは出会って人間同士の関わりあいを持てた方がよい。 ドアを閉めて自分(と家族)だけの世界に閉じこもったり、ここではないどこかをやみくもに目指して自分や周りを傷つけるよりは、出会って、出会った人々と汗を流してぶつかり合って生きていくことを小夜子も葵も選択したのである。
 周囲と上手くいかない人、上手くいかない自分から目をそらしたい人、には読んでみてほしい。
 

対岸の彼女 (文春文庫)
文藝春秋
角田 光代

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 対岸の彼女 (文春文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス