ひたすら歩き続けて…盲腸入院日記③

 入院生活。それは、病状によってずいぶんその様相が違ってくるものである。
 ご飯が食べられる人、洗濯ができる人、売店に買い物にいける人、お風呂に入れる人にとっては、もちろん病気のつらさはあるにしても比較的充実(?)した生活であるが、ご飯もだめ、エレベーターなんか乗れない、点滴打ってるからお風呂なんかだめ、な者にとってはほとんど苦しいだけで何も気晴らしにならない、味気ない時が過ぎるものなのである。
 それでも私はとりあえず、歩けるようになっただけでうれしかった。
 ただ、夜は本当に長い。21時30分消灯。傷の痛みと、坐骨の痛みと、熱の苦しみとで、12日の夜はまたも寝苦しいものになってしまった。ラジオといってもそうそう楽しく聞ける番組ばかりじゃない。ラジオばかり聞いていると耳が痛くなる。結局またも、寝たんだか寝なかったんだか分からない、長い長い夜を越えて、13日(水)の朝がやってきた。
 朝は6時起床。といっても絶対起きないといけないわけではない。6時30分に看護師さんが熱を測りに来るから、それまでに起きていればいい。そのあと8時の朝食(といっても私は関係ないけど)までは洗顔や着替えなどの時間。2日も風呂に入っていないと自分でも臭う。特に頭皮が痒くてたまらない。点滴をほとんど杖のように使いながらよろよろと病室を出て(言い忘れたけれど、4人部屋が空いていなかったばかりに、有料の2人部屋を一人で使っていたのだ)タオルを熱湯で絞り、頭皮を拭く。
 9時ごろに先生がやってくる。今日の昼から「おもゆ」から食事を始めましょうと言ってくれる。よかった。ちょっと不安だけど、待望の食事である。10時ごろに看護師さんが体を拭きに来てくれる。こればかりは本当に看護師さんを尊敬してしまう。体中の本当にありとあらゆる部分を拭いてくれるのだから。
 昼食のおもゆも無事食べることができ、おなかが痛むこともなく、夕食はおかゆを食べることができた。
明日でとうとう点滴ともお別れ、というところまできて、ハプニング発生。点滴が底をついたのに気づかずに腕を動かしてしまい、血が逆流してしまったのだ。あわてて看護師さんを呼び、N先生が左腕に点滴を打ち直してくれる。ところが「あれ? あれ? なんかひっかかってる。…すいませんもう一回やります」っておいおい。本当にこの人が私のおなかを切って、中から盲腸を切り取ってくれたのだろうか。看護師さんより点滴が下手なこの人が? いろんな意味で心配になる。
 この夜は少し眠れた。

 14日(木)。とにかくひたすら歩き続けている。不思議なもので、歩くのをサボると少し傷が痛み出す。そして歩き出してしばらくすると痛みが消えていく。先生が言っていたことは本当だったんだ。なんとも頼りない、かわいらしいN先生だけれど、そこはやはり外科医である。やっぱり先生のことを信用してよかったのだ。
 病棟にはデイルームという憩いの部屋があって、お茶を汲んだりテレビを見たりできる。私はお茶をくみにデイルームに行くといっては歩き、トイレに行くといっては歩き、何も用事がなくても歩いた。その結果看護師さんたちにはとても受けが良くなり「どんどん歩いてもらってますね」とお褒めの言葉をいただいた。
 この日の午後、思い出深い2人部屋を出て、4人部屋に移ることになる。お金のことが心配だったのでうれしい。4人部屋といっても年配の女性が一人いるだけの部屋だったのでまあ気楽だった。
 15時ごろ、上司がお見舞いに来てくれる。私の担当の仕事のことで質問もあった。病室で仕事の話をするのってちょっとビジネスマンみたい♪とアホなことを思う。
 この日の夕食からは普通の固さに近いご飯が出る。朝食、昼食は残さず食べられるんだけど、どうも夕食に出る肉類はちょっとまだ無理かな…と、残してしまう。なんと忙しいはずの兄までが見舞いに来てくれる。
 そしてついに、何日間も私の杖となってくれた点滴とも、ここでお別れとなる。なんだか戦友と別れるような寂しさ、喪失感がある。これからは一人で歩かなければならない。…といってもほんの先週の土曜日まで、何も考えずに一人ですたすた歩いていたのに、病気というのは気持ちまでも弱らせてしまうもののようだ。 
 何はともあれ、この夜は入院以来初めてまともにぐっすり眠れた。

 6月15日(金)。食事も普通の固さのご飯やパンを食べられるようになり、点滴がなくなったためにやっと、ついに、シャワーを浴びることができるようになる。
 かがむと傷が痛む。筋肉が弱っているためか、足元もおぼつかない。翌日に退院することになっていたのに、こんなことで大丈夫なんだろうか。普通の生活に戻れるんだろうか、と心配になる。
 冒険のつもりでエレベーターに乗って一階に降り、売店に行ってもみたけれど、いうまでもなくそこにはわれわれ病人だけではなく、健常者の人たちもたくさんいるのだ。急ぎ足で歩く人、声高に話しながら歩く人、ぶつかって転んだらどうしよう。先週まではなんということもなく自分自身もその一員であったはずの「健常者」に対し恐怖を感じる。
 そんなこんなでその夜、ものすごく精神的に不安定になる。日常に戻れるのか不安でたまらなくなったのだ。無性に甘いものが食べたくなり、母がくれたキャラメルばかり食べる。下界(?)のものが見たくなり、デイルームに一人で行ってテレビをつけると「ミュージックステーション」にスガシカオが出ている。私が知らない間に「テスティモ」のCMに出ているそうだ。たった数日間に世界は変わっている。
 6月16日(土)の17:00に夫に迎えに来てもらう。

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