村上春樹「辺境・近境」

 春樹氏の旅行記の中では、日本の町もいくつか含まれているため、読みやすい部類に入るかもしれない。
 ラインナップは、アメリカ・イーストハンプトン、山口県・からす島、メキシコ、香川県、モンゴル、アメリカ横断、そして兵庫県西宮市~神戸市。
 からす島での無数の虫たちとの格闘も、モンゴルの手付かずに残された戦場の跡も、香川県・さぬきうどん食べくらべ紀行もそれぞれおもしろかったけれど、なんといっても圧巻は「メキシコ大旅行」であろう。
 メキシコという国のことはまったく知らなかったし興味もなかったし、これを読んでみてメキシコに行ってみたいとは(残念ながらまったく)思わなかったんだけれど、とにかくメキシコという国は、貧富、泥棒、暴力、観光地と貧しい村、宗教、物売り、過酷な気候、不衛生な食事、機械類の故障、悪路、エトセトラエトセトラ、とにかく旅行記をおもしろくさせる要素の集合体ともいえるような国で、読み物としてはかなり読み応えがあった。春樹氏の数々の旅行記の集大成といえるかもしれない。
 メキシコ人は、たとえバスのすべての機能が故障したとしても、カーステレオだけは絶対に故障させない。そしてメキシコ歌謡を大音量でエンドレスで流しつづけるという。これはたまらないと思う。日本の普通のバスでそんなことやったら(エンドレスで北島三郎とか、エンドレスで大塚愛とか、あーやだやだ)即刻大量のクレームが来てバス会社は倒産だろう。私が毎日通勤に利用している市営バスはやたらアナウンスが多くてうるさくて、あげく「わ・か・さ生活♪」なんつー宣伝まで流すのでいいかげんうんざりしているのだけど、それをはるかに凌駕するうるささでメキシコのバスは走っているらしい。そしてだれも文句を言わず、(おそらくは)うっとり聞き惚れながら乗っているのだ。
 時々強盗が出没する危険な場所を通過する。そうすると警官たちが無言でずかずかバスに乗り込んでくる。銃を持っている。またある時には死体にしか見えない人体を乗せたトラックが横を走っているのが見える。とにかく物騒な旅である。私もいつかはアジア以外の国を旅行してみたいなとは思っているけれど、メキシコはやっぱりちょっと遠慮したいかも。
 このメキシコの次にインパクトのある中国~モンゴルの旅行記を読んでも感じるのは、カチカチといろんな規則やら申し合わせやら因習やら常識やらに縛られて、かつそれをけなげに守ろうとし、かつそれを守らない人間を厳しく糾弾する、そういう日常を送っているのは、もしかして日本人だけなんじゃないかということ。もちろんメキシコにだってモンゴルにだってそれぞれ決まりはあるんだろうけれど、日本の場合はものすごく「他人の目」が厳しくて、自分たち自身もすごく「他人の目」を気にする。そしてなんでも連帯責任で、自由がない。それが良い方向に機能している場合ももちろんあり(そうでなければ中国のように「信号なんてあってないようなもの」になり、交通状態が壊滅的になる)否定すべきものではないけれど、こういう旅行記を読んでから街に出ると、ずいぶん窮屈な場所で自分は生きているのかもしれないなあ、とふと思うのだ。
 そういう思いは「雨天炎天」「遠い太鼓」を読むとますます強まるんだけれど、それはまた後日書かせてもらいます。
辺境・近境

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