ベルサイユのばら④アンドレ・グランディエ

 故中島らも氏のエッセイに「片思いの状態にある人は幸せである」という趣旨のものがある。
 両思いになってしまえば、あとは死別か、馴れ合いによるどろどろした愛の終焉に向けて落ちていくだけ。片思いは確かに苦しいけれど、愛する人がこの世に生きているという事実だけで自分も生きられる。終わりのない「思い」だけで生きていける。というような内容だった。
 アンドレ・グランディエ。この人は実に27年間もの間、たった一人の女性を思い続けた。相手は将軍令嬢、そして自分は彼女の従者。手を伸ばせば届く距離に常にいながら、決して触れることを許されない相手である。まして彼女は男性として生きる軍人。男女として結ばれることなど望めない、決して報われない片思いなのである。
 一度は積年の思いに耐えかねてオスカルを襲ってしまうアンドレだが、基本的には常に誠実にやさしく、オスカルを護衛しサポートし、時に叱ったり励ましたりもする。愛する女性の「影」に徹する男性なのである。
 アンドレが登場するのは集英社文庫でいえば4巻までなのだが、まさにこの1~4巻は、アンドレの愛の「起承転結」に相当すると思う。1~2巻まではかなり脇役チックだった彼が、3巻でがらりと男前に変貌し、さらにオスカルへの恋心も激しくなっていく。そして4巻。決して叶うまいと本人も諦めていた片思いが実を結ぶのである。しかしそれは、らもさんの言葉を借りて言えば「『死』にもっとも近づいている」状態でもあったのだ。
 愛する女性と契りを交わした翌日に死亡。
 これほど幸せな愛の幕切れはない。
 けれどアンドレにとっての幸せは、オスカルと結ばれたことそのものよりもむしろ、8歳から35歳までの間、ずっとずっと愛する人と同じ空気を吸えたこと、愛する人の存在を常に常に近くに感じながら過ごせたこと、だったのではないか。叶わなくても構わない。ただずっとそばにいられれば。結果も幸せ、でも過程はもっと幸せ。うらやましい気もする、片思いぶりなのである。
 
 今でこそアンドレ的な男性は巷でもそこそこ見られるけれど、第1巻の林真理子の解説によると、ベルばら連載当時はなかなかこういう男性の良さに気づく人はいなかったらしいのだ。
 女性たちが、少女たちが「翔びたい」と願ったあの頃から30年余。そこそこ翔べるようになった女性たちが、ふと寄りかかりたい、支えられたいと思うのは、やはりアンドレのような、地味ながら真に男らしい、頼るに足る男性なのではないか。
ベルサイユのばら (4)